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身辺雑記 謎煉
生きんと欲すれど 老いて 病に倒れ、今、将に 死なんとす
四十を越して 苦労ばかり 八方ふさがり 苦草を服むが如し
死の向こうに何があるのだろう。死への恐怖が 沸々と湧きあがる。死ぬまで痛むだろうか。痛み に耐える力が残っているのだろうか。未知のもの ゆえ、経験無きものにたいする恐怖
死後はスプーン一杯の塵埃なのだろうか。無明 の闇の彼岸にどんどん落ちていく自分。無明の闇 に浮遊する無限の数のたましい。僕はそこで先に 往ったちちははに会えるのだろうか。ちちもきた、 ははもきたあの世界に僕は居所がほしい。ちちは はの膝元で。。さいきんエゴイスチックになって、 生ある自分の周りはどうでも良くなってきた。 以前ほど様々な欲望に捉われなくなった。しかし、 若いときあれほど嫌悪した死を受け入れる用意が 出来てきた。しかし、用意が出来たのと恐怖は別 物である。今、僕の心の中で共存している。死後 の世界では僕のアイデンティティはあるのだろう か。浮遊する幾億の死者の中で謎煉は謎煉と認識 できるのであろうか。僕の知人で彼岸まで行った 事があると称する人が居る。謎煉が謎煉と認識す る事が出来ないならば、まして、ちちははは解ら ないだろう。僕は今まで父に会った事がない。そ のちちに会えるなら彼岸もまた楽園かもしれない。 恐怖と安寧、勿論圧倒的に恐怖が支配している。 僕の心は僅かな可能性に幾分かの安堵を見出そう としている。病院という閉ざされた世界はある面 で人を狂気にさせる。考えることが狭くなり、バ ランスの取れた思考が出来なくなる。一途という よりは依怙地である。
紅葉狩り 乙女の如く 頬映し 謎 もみじがり おとめのごとく ほほそめし
高橋治著 「蕪村春秋」 を流し読みし後雑句
父母の ことのみおもう 秋のくれ 蕪村 ちちははの ことのみおもう あきのくれ
父母の ことを御杖に 御許へ 謎 ちちははの ことをみつえに おんもとへ
父母の こと考えつ 御許に 謎 ちちははの ことかんがえつ おんもとに
「自句解説」 秋は死を迎える季節だ。冬は死そのものだ。春の 彼岸がこれからの生を謳歌しようとするのに比べ、 秋の彼岸は死者を弔うのに本当に相応しい。小生の 最初の句は御杖と御許と御の字を二つも使うのは気 が引ける。それで、二句目も作ってみたが僕は杖の ほうが気に入っている。杖は彼岸に向かう僕の道し るべであり、父母の元まで届けてくれる魔法の杖だ。 小野の小町が漂落し、卒塔婆小町として老醜を曝 す。彼女は片手に気の根っこのようなごつごつした、 だが細い杖を持っている。その杖は死後、卒塔婆と なる。勿論死後の杖ゆえ、卒塔婆になるような杖で はない。
薮入りの 寝るやひとりの 親の側 太祇 やぶいりや ねるやひとりの おやのそば
梅雨に入り 蚊帳張りたし 親の家 謎 つゆにいり かやはりたし おやのいえ
「自句解説」 学校を出て東京に就職したとき半年に一度は帰阪 していた。母は何も言わず美味しいものを拵えてく れた。僕も黙ってそれを食べ慌しく東京に戻ってい った。その数年前までまだ八畳間に蚊帳を張ってあ った。蚊帳の裾から小さくなって潜り込まないと 「早く閉めなさい。蚊が入る。」と叱られた。
舟よせて 塩魚買うや 岸の梅 蕪村 ふねよせて しほうおかうや きしのうめ
足止めて 美味を凝視るや 秋の店 謎 あしとめて びみをみるや あきのたな
「自句解説」 病院のすぐ近くに大きなデパートがある。僕は食料 品売り場覗くのが好きだ。美味しそうに見えてももう 買えなくなった。体が美味を拒否するのです。もはや 「凝視る」でしか味わえなくなった。
古井戸の くらきに落る 椿哉 蕪村 ふるいどの くらきにおつる つばきかな
チャイニーズ シンドロームか 吾が魂 謎 ちゃいにーず しんどろーむか あがたまし
「自句解説」 前文参照
たらちねの 抓まずありや 雛の鼻 蕪村 たらちねの つままずありや ひなのはな
たらちねの 一抓みしか 吾子の鼻 謎 たらちねの ひとつまみしか あこのはな
たらちねの 一抓みしか 茄子の花 謎 たらちねの ひとつまみしか ナースのはな
「自句解説」 この病院はいずれがあやめか杜若級の美女揃い。その 中でもM嬢はお雛様のような美女で真ん丸の顔を中にち ょこっと小さな鼻が付いている。僕の娘も親に似ず小さ な鼻が鎮座している。まこと、趣のある顔である。
雨の日や 都は遠き もものやど 蕪村 あめのひや みやこはとおき もものやど
夜の病舎 千里の遠き 叔父貴来ぬ 謎 よのわくらや せんりのとおき おじききぬ
「自句解説」 吹田の千里の叔父が見舞いに来てくれた。同病ながら すこぶる元気である。この蕪村の文庫本をおみやに持っ て来てくれた。勿論、遠きと千里を意味付けて作った。
最後かと 思えば苦し 旬の茸 謎 まつごかと おもえばにがし しゅんのたけ
誰が所為か 笊被せれど 吾子が背 謎 たがせいか ざるかぶせれど あこがせい
「自句解説」 自慢ではないが我が家はみんな大男、大女である。昔、 笊を被って股旅物の真似をして「笊を被ると背が伸びな い」と母に叱られたのを思い出す。句自体は所為と背を かけた駄作。
寂として 客の絶間の ぼたん哉 蕪村 せきとして きゃくのたえまの ぼたんかな
寂として 患者の絶えた 待合か 謎 せきとして かんじゃのたえた まちあいか
咳をして 人の絶えたる 炭そ菌 謎 せきをして ひとのたえたる たんそきん
夏風や 帷子の裾 吹きぬける 謎 なつかぜや かたびらのすそ ふきぬける
帷子で 渚を駆ける シンドバット 謎 かたびらで なぎさをかける しんどばっと
「自句解説」 帷子を麻等で作った薄物で極めて涼しい。浴衣だと風 を通さないので暑く浴衣の裾自体がまとわり付くが、帷 子は風がまとわりつく感じである。 シンドバットは論評に値せず
こがらしや 炭売りひとり わた舟 蕪村 こがらしや すみうりひとり わたしぶね
春一番 までもつか吾が いのち金 謎 はるいちばん までもつかわが いのちかね
「自句解説」 文字通り私の窮状を呼んだ句。金が尽きるのが先か、命 の尽きるのが先か。古来より永遠に解けぬ命題である。
我園の 真桑も盗む こころ哉 蕪村 わがそのの まくわもぬすむ こころかな
正すべき 履さえはかず 三週間 謎 ただすべき くつさえはかず さんしゅうかん
「自句解説」 李下に冠を正さず、瓜田に履を云々と中国にあるが正す べき履を履いていないので盗みようがない。蕪村の真桑は 「マッカ瓜」の事。
随分長文になったようで申し訳ありません。癌の治療も 来週半ばで峠を越すようです。肝硬変の症状も大分改善さ れました。病院生活は結構忙しく、皆様についえいけませ んので、蕪村のパロリを作りました。 今日三回目のきつい治療があります。死ぬ苦しさです。 でも、死んだら苦しめないか!
某病院にて 謎煉
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