アイリッシュ・ギネス飲みおさめ(9月25日)
8時に起きると部屋は暖かく(日本でも英国製として見かけるスチーム?ヒー
ターがある)、窓ガラスがくもっている。ダブルベッドで夫に布団の大部分をと
られてしまったが、眠いだけでカゼはひかずにすみそうだ。ドアを出て狭い木製
の螺旋階段を上ると、2階が広々した居間兼食堂。古風なマントルピース付きの
暖炉(火はなし)、壁に絵、しゃれた飾り棚、ソファ、出窓にはランプと、伝統
の英国カントリー風ですばらしい。朝食は例のとおりアイリッシュ・スタイル、
ここのプディングはコショウがよくきいている。
満腹し、マダムにタクシーを呼んでもらう。彼女は電話を切ってからおかしそ
うに、「うちはパブだから、朝からタクシーよこしてって言ったらジョークと思
われちゃった」。宿帳のようなノートに名前の他、「delicious puddings thank
you」と書いておく。
9時半に来たタクシーの運ちゃんは夫のトランクを運んでくれたが、あまりの
重さに肩がこるというジェスチュアをした。トランクはお土産でもうズッシリで
ある。この人は分かりやすい英語で「アジアのどこから来たの」とか「ホリデイ
なの」とか尋ねるので何とか骨折っていろいろと答える。駅まで4ポンド。5ポ
ンド札を渡してお釣りはいらないつもりだったのに、律義に「計算してみてよ、
1ポンドお釣りです」。
日曜日の朝一番の列車に乗る人々が、ホームに集まっている。何人かは階段を
下って行くので覗いていたら、そばの背の低い紳士が「ダブリン行きは地下道で
向こうのプラットホームですよ」と親切に教えてくれる。重い荷物をかついで地
下道へ下り、向かいのホームへまた上った。列車は10時発、結構混んでいる。幾
つかの駅でアラブ人家族らしい旅行者や子ども連れなどどんどん乗客を積んで、
たちまち満員になった。私たちのすぐ前の席のスーツのおじさんが吸う「HAMLET」
なる葉巻の匂いに包まれて、少し眠る。
車窓は今にも雨が降りそうな緑の牧草地帯である。フィッツジェラルド伯の夏
至の騎乗の伝説のある町、キルデアに停まったが、教会の塔が見えただけのちっ
ぽけな駅だった(アスローンでなくてここに泊まっていたら、もっと大変だった
ろう)。終点の一歩前で長い信号待ちをしたため、正午頃やっとダブリン・ヒュ
ーストン駅に着く。薄暗いのは終着駅らしい穴蔵のような駅舎のせいもあるが、
外は雨が降っているのだった。冷たい灰色の町並みがちらりと見える。うららか
な西部の光景とは対照的な都会のくすんだ空。
空港バスの乗り場で出発時刻を確かめ、駅構内のレストランで「本日のスープ」
(少々塩辛いコーンクリーム)にチーズ&パイン(夫は魚、勿論チップス付き)
の昼食を食べる。店にはパブも併設され、数人が昼間からギネスを飲んでいる。
1時のバスで空港に向かった。窓から外を見ると、とうとう行く時間が取れなか
ったギネス工場の、瓶の形の蒸留タンクが灰色の空をバックにひょっこりと現れ
る。ここと博物館(特にタラ・ブローチが目当てだった)を見学できなかったの
は本当に心残りだ。リフィー川沿いに見覚えのある建物や町並みが次々と車窓を
過ぎて行き、まるで一週間前のおさらいをしているようだ。
空港。ゴールウェイのセーター屋でもらった用紙を頼りに「tax-back」コーナ
ーに行くが、誰もいない。先客のおじさんが奥さんに「2時半まで係員が戻らな
いらしい」と言っている。1階売店でケルト模様の腕輪とピアスを買ったりした
後、再度コーナーへ行って無事手続きをした(後にUSドル換算で9%払い戻され
た)。
ギネスの飲みおさめを、とカフェで頼んだら、「搭乗口へ行け」と言われ、仕
方なく出国してしまう(といってもパスポートチェックもない)。免税店でアイ
リッシュ・ウイスキーの見慣れぬ銘柄「Sullivan」を見つけ、夫の好きな「John
Jameson」とともに購入。搭乗口のあるフロアに行くと、なるほどそこに黒を基
調にした渋いパブがある。フロア全体は人影まばらなのに、ここだけは満員で席
がない。アイルランドの人々は昼間からギネスを飲んでもへっちゃららしい。店
の外に出してあるテーブルを何とか確保し、夫が注文に行く。覗くと、黒ずんだ
太い垂木をほの暗い明かりが照らし、金ピカの棚にずらりとボトルが並んで、ま
ことに趣がある。私たちも最後のギネスで乾杯した。
アイルランドの[ギネスの]アロマは、アイリッシュ海を渡りきりサクソン
野郎の島に着けば、とたんに苦い苦い黒い水に変わる。アイリッシュ海にた
ちこめる重苦しい泥泥の霞のゆえ。
――鶴岡真弓『聖パトリック祭の夜』
滑走路にはエアリンガスがたくさん、それにRYANAIRというハープのマークを
つけた小さな飛行機や、アザミ(スコットランドの国花)のマークの飛行機がい
て面白い。私たちの乗った3:40発のエアリンガスは、小雨模様の空港を後にした。
さよなら、エメラルド・アイランド。いや、雨上がりに輝いた牧場の緑ばかりで
はない。ダブリンの灰色の空と西の大地の灰色の岩々もあった。さようなら、黒
ビール色のパブで人々が昼間から真綿のような泡のたつギネスを飲む国。…さよ
うなら、石と緑(とギネス)の島。
「定年後、移民してB&Bを開こう。僕が料理は受け持つ」と、夫。大量のポ
テトに閉口したことも、今は笑って。
「いつかまた、ダブリン博物館とギネス工場と、ボインの岸辺と、クリーヴィ
キール巨石墳とキャロウモア(ともにスライゴー郊外)、コング村にクリフデン
に、バレン高原のドルメン、クール・パークにバリリの塔、南部を全部、北部の
フィン・マックールの道(ジャイアンツ・コーズウェイ)やアルスターの首府エ
メインマッハ(アーマー)、さらにさらにさらに、えーと、伝説のパーソロン族
が国造りした7つの湖と4つの平野を全部、きっと見たいなあ」と、私。
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