おうちのまわりの四季

 

§ 冬


      おさんぽ レグホン
おさんぽ レグホン
一、二 一、二
むねはり あごひき
それ、一、二

だれもいない 朝の公園
まかりいでたる その勇姿
赤いかぶとに 白ばねたてて      
         サー・レグホン
あたり見まわす レグホン卿

おさんぽ レグホン
一、二 一、二
じゃりみち ふみしめ
それ、一、二
by Hanna
 


          もずまわし
するどい声して鳴くもずが
尾っぽくるんと ひとまわし、
つんつんくるんと ふたまわし。

かえる突き刺し鳴くもずが
尾っぽくるんと ひとまわし、
つんつんくるんと ふたまわし。

 わたしゃあかもず冬の鳥、
 今年の冬もさぁむいぞ、
 池にぎしぎし氷はる、
 つんつんくるんと もずまわし。

お池のはたで鳴くもずが
尾っぽくるんと ひとまわし、
つんつんくるんと ふたまわし。

右むき左むききりりきり
もずはいつでも 見張りんぼ
つんつんくるんと もずまわし。
by Hanna
 


          ひつじ雪
秋の夕べに染まったひつじ雲たちは
冬の日、空のかなたに
ふわふわ
駆り集められる

音のしないバリカンで
どんどん毛が刈られたら
ふわふわ
うかんで広がるよ

空気より軽いぐらいに
空いちめんにただようウール
ふわふわ
やがて静かに下りてくる

ふうわり
静かに落ちて
冬枯れた地面の
りっぱな銀の衣になる
by Hanna
 


          雪の舞
青空の彼方から
すきとおった風にのって

ぼくの心にしみるのは散りしく命
あとからあとから 舞っては消えていく
遠くの海だけ黄金色に光る
憧れの国よ

はるかな天上から
つめたい風にあおられて

さまよう心にしみるのは舞い散る命
口づけしては 恍惚のうちに消えていく
遠くの海だけ黄金色に光る
彼岸の国よ

 舞い狂え ひそやかに
 息づまる 白い空間
 かたくなな大地への
 つめたいつめたい 幾千もの
 口づけ
by Hanna
 


           雪の舞 2
ましろに燃える 凍てついた太陽の
彼らは幾億の はかない子供たち
いつも黙って ひそかに海を恋い
ふるえて下へおりてくる

 海はつれない 苦しみの黒で
 いのち
 生命をすいとってゆく 宵まぐれ
 みな底で 幻のような雪の舞に
 思いをはせるのは だれ

ましろにおどる 冬の陽の子らは
         ひと
天の便りつたえ 人間の胸につもる
少しずつ 少しずつ天への想いを
やがてはきっと届くようにと

 天は微笑む 死のような仕草で
 生命をつみとっては また散らす
 天上で 幻のような生命の舞に
 魅入られているのは だれ
by Hanna
 


          雪の日に
何よりも 僕は
赤い足をした かもめに
あこがれる

つめたい一月の橋の
欄干にとまり
あるいは水べに群れている
あの赤い足をした
かもめたち
とおく海からやってきた
あの赤い足をした
かもめたち。




   *京都・鴨川の風景です。
by Hanna
 


          冬 の 朝
こおった 地面には
ゆうべの雪が いてついて
夜のうちに とおった猫の
小さな足あとが つづいている

「ごみすて場の 魚の骨は
 こおりついてしまった
 頭上はるかな枝には
 太ったヒヨドリが
 やぶにはツグミがいるけど
 やつら すばしっこいから
 ムリ だろうな」

ゆうべの雪は いてついて
空を反射して
ぎしぎし 言っていた
by Hanna
 


          春の予感
          あ さ
春を予感する二月の午前は
かそけき日ざしとシジュウカラのおしゃべり
ツツピーと
ツツピー、と。
そいで がしゃがしゃ おしゃべりと。

 海は金の鏡板
 まぶしいオパルス
 船はぽつんと黒い点
 前景を渡っていく鳥たちの風切る音が 少し聞こえた

春を予感する町の屋根やねは
それぞれちがう程度に光りながら坂をくだりつづく
キラキラと
キラキラ、と。
そしてリボンのように横切るハイウェイと。

 空は光のなかに
 濃い青色に浮かぶ
 雲はうたたねのふとん
 袖のほうで鳴きかわす鳥たちの声が 少し聞こえた

春の予感のするつめたい空気のにおいは
熱さましのように肺をふきぬけあまくかおる
ラララと
ララララ、と。
そしてステップを踏み、解放のおどりを、と。
by Hanna
 

§ 春


           あさぎり
雲のような霧をバックに、
人形みたいにとまってたスズメが、
羽づくろいして
チュリイ、チェリ! と朝のうた。
ぬれた影になぞられ冴えわたる、
あっちこちの枝にひとつずつ露玉が、
辺りのけしき織りこんで
プラリ、プルン! とゆれている。

森に入ればしめった地面
サクン、サク! と踏みしめて、
細い枝にも松の針にも
樫の木のつやつや葉っぱの先という先に、
無数の露はキラリ、キラ!
落ちればポタリ、またポタリ
霧の小道はささやき声でいっぱいだ。

町のざわめきが少しずつ近づいて、
空き地にはあふれ出した水が低い方へ走り、
ほのかに蒸気の上がる夜明け時
ツ、ツゥ、ピー! とうたうシジュウカラ。
by Hanna
 


          春の手品
白木蓮は 飛び立つしろ蝶のむれ
 ちがった たくさんの耳だ
雪柳は ちいさな雲になる
 ちがった たくさんのしっぽだ
毛並みさわがす風の声も真新しい朝
よどみで廻る金色の水

針金の枝々が なよなよと房かざりをつける
 ちがった 露を帯びたひげだ
みるみるふくらみ 花 はちきれる
 ちがった うさぎだ! 金のひとみの
次々跳びでて走り去る
いつしかあたりは春景色
by Hanna
 


          三月の朝に
そっと
 そっと生まれようとしている一日
霧が層になる
 うす青い層になる
肺は蒸気で満たされる
 水をいっぱい吸ってふくらんで
  つぼみのように生まれる予感

家々の門口の灯りに
 きょう芽ぐもうとする茂みのくらやみがうつる
ひっそりと
 ひっそりと予兆をはらんで
ぼうん という朝の共鳴がたちこめる
 静寂のうす青い街を
  わたしの靴音だけがぬっていく

橋に出ると
 かなたからいくつも通りかかる貨車たち
川のある街では
 春は貨物列車で鉄橋を渡って運ばれてくるのだ
海から
 うす青い海から吹きあげる
  あたたかな吐息に迎えられながら
by Hanna
 


          桜の季節
ハミングの雨がアスファルトをうるおせば
夜はゆるやかに明けて青はふかくなる
ちいさな雲をとかしてゆく空に
音もなく次々と桜がひらく

 あのうすい雲の一片一片が
 かたい冬の枝におりてきたのだね

まだ遠い日ざしが一日がかりであたりをぬくめたころ
たそがれはまだ・まだ・まだ …青はふかくなる
忘れな草の色と、すきとおった昼の水色の
あいだにあわく桜がそまる

 あのぼやけた夕方の空が
 かたい枝先をくすぐってゆれるのだね

 あの向こうの都会の銀色をうすめて
 かたい枝々から広がってゆく桜の季節
by Hanna
 


          春の列車
刈りこまれた切り株みたいなシュロの、
てっぺんにナイフのような芽がのびた。
日ざしに
すり切れたベージュの山々もなごむ。
手もとから飛びたつ黄蝶
鳴き鳴き空の青を漕いでゆく鳥たち

 海の向こうから
 彼方の大地のにおいが運ばれてくると
 近づく春に 木々はかすかに備え始める。
 冷たい雪の夢からさめて。

柱に取りつけたあひるのかたちの風見が
ぺらり ぺらり オールのような足を回す。
日ざしに
こたつを縞に区切るブラインドの影もなごむ。
窓辺でそそくさと開く三色すみれ
恋鳴きもやんで妙に秘密めく野良猫たち

 風のあいだから
 ほのかなぬくもりと胎動が伝わってくると
 近づく春に 響く列車の音も違い始める。
 列車は花びらを摘んで
 今日この町へやって来る。
by Hanna
 


        ひとみにはるのきり
きょうのあたりは おもい
水けをすって おもい
街も港もうもれてしまった
雪のようなきり

 正体が見えないものだから
 鳥たちがうつくしい声でさえずる
 はる …はりつめたきりのつぶ

きょうのあたりは やわらかい
水けをおびて やわらかい
沈丁花のかおりもふくんでいる
真綿のようなきり

 正体が見えないものだから
 下界のざわめきはおだやかだ
 はる …コンタクトレンズの中のきり

 汽笛が 汽笛がきこえる
 港を出てゆくはるのあそびごころだ
by Hanna
 


      そんなに いそいで
咲きかけたさくらに 葡萄酒色のもくれん
そよ そよ と風を起こして
いそいでゆくのは わたし

白いゆきやなぎ いぬのふぐりの花
はら はら と散らして
走ってゆくのは わたし

 どうして いそぐの
 春なのに どうしていそぐの
 ほら鳥たちはあんなに唄い踊り

コンクリート・ジャングル アスファルト・アヴェニュー
ぱた ぱた と足音たてて
いそいでゆくのは わたし

さくら並木の坂道に くすの木陰の空き地
はあ はあ と息を切らして
走ってゆくのは わたし

 お休み すこし お休み
 春はみんな おねむよ
 ほら船の汽笛もあんなに眠たげに

 どうして いそぐの
 春なのに どうして
 ほら流れすぎる時間さえあんなにゆっくりと

咲きかけたつぼみに 芽ぐみかけた若葉
ぱさ ぱさ とはたき落として
いそいでゆくのは いったいだれ?
by Hanna
 


        花 吹 雪
また いくたびめかの
春が来ましたね

花の咲いた枝に
ならんで きじばとの夫婦が
白くかすんだ町をみていた

紫のもくれん 雪のもくれん

また いくたびめかの
春が来ましたね

赤いチューリップ 黄色いチューリップ

今年もまた
おだやかに日がめぐりますように

花の咲いた枝に
ならんで きじばとの夫婦が
桜吹雪の町をみていた
by Hanna
 

         あか
         朱い満月
朱い満月が町の上に昇った
春はたそがれて 桜は散りぢり
ネオンはぽっぽと光って 桜は葉桜

 不思議――ずっとむかしも
 こんな月が昇ったのか
 そのころは町がなく
 あたりいちめん海だった のかもしれない

海は朱い月光をあびて
きらきら きらきら 光り
桜の先祖のバクテリアを
無数にはぐくんでいただろう

朱い満月が町の上をとおってゆく
春はたそがれて ネオンはぽっぽ
宇宙はかぎりなく広い
by Hanna
 


        ダンディライアン
ダンディライアン 落書きのような雲だよ
ダンディライアン ほら 風に流されて 気まぐれに
   空の端から端へ
   スローモーション・フィルムだね
ダンディライアン お陽さまだけはひとり
                   きん
ダンディライアン ほら きみの真上で 黄金色に
   まぶしすぎて 見えないほどの
   青と光

   お陽さまが草むらに落としていった
   小さなブローチよ ダンディライアン
   ギザギザのライオン 緑の歯によく似合う
   春のスケッチブック

ダンディライアン きみも雲をとばすよ
ダンディライアン ほら 風に流されて 気まぐれに
   草むらの端から端へ
   ざらめからほぐれてただよう綿飴だね
ダンディライアン お陽さまは今日もひとり
ダンディライアン ほら きみの真上で 見晴らしている
   とおすぎて 見えないほどの
   丘と町

   春風にかるい雲を送り出す
   ちいさなお菓子屋よ ダンディライアン
   濃いミルクのあふれる 緑のストローもいかが
   光が甘く香る
by Hanna
 


      こぬか雨の夕暮れに
その犬は ガード下あたりからついて来た
首輪の無い犬で
白い紐をひきずりながら
見えないほど細い雨の中

 わたしは 知らん顔をして
 しばらく歩きつづけた

その犬は スーパーの前で追いついた
先になり 後になり
ぬれたアスファルトに紐をひきずりながら
ふりむきもせず とっとと行った

 わたしは 愛想をつかして
 どんどん歩きつづけた

その犬は 信号でちょっと立ち止まった
それからふりかえるふりをして
紐をひきずり渡っていった
どの車にも 轢かれそうになりながら

 わたしは 心のどこかで
 わたしの犬なら、と

その犬は 駅前で立ち止まって尾も振らず
わたしを見上げた
「うちへお帰り。」 わたしは改札へとびこんだ
破線の雨 切りさいて すべりこんでくる電車

 こぬか雨つたう 電車の窓の中から
 わたしは おまえを見つめていた
 かすんで過ぎゆく 風景の中の
 ちいさなおまえを見つめていた

 ああ だれもいない心のどこかで
 わたしは こぬか雨に包まれて
 ぬれたおまえの背中 抱いていた
 かがみこんで じっと
 ぬれたおまえの首を抱いていた
by Hanna
 


          きりさめ
雨のなかに だんだんと
夏のにおいが してきましたね

つるくさの巻きついた低い電線に
ならんで きじばとの夫婦が
きりさめの降る町をみていた
      つた
つやつやの蔦の葉 まだ青いシービビ豆

雨のなかに だんだんと
夏のにおいが してきましたね

咲きほこる野バラ まだあおいアジサイのつぼみ

今年もまた
若鳥たちが丈夫に育ちますように

雨だれのつらなった低い電線に
ならんで きじばとの夫婦が
きりさめの町をみていた
by Hanna
 


     思い出の緑竜館 GREEN DRAGONS
五月の雨の頃
緑竜館は緑に埋づもれて
人影もなく

 シービビ豆の吹き方も
 今はもう 忘れてしまった

昔の時の残骸は
古びたテラスのあたり
はげ落ちた緑のタイルに
炎をはいている竜が一頭

スイート・ピーの咲く
古い庭は緑に埋づもれて
面影もなく

 カタバミのすもうの取り方も
 今はもう忘れてしまった

過ぎてゆく季節の名残りは
くずれかけた門のあたり
飾り文字の表札はさびをふいて
竜の目玉のルビーも欠けた

白いつるバラのからむ
緑竜館は花々に埋づもれて
五月雨にけむる港を見おろしながら
誰を待つ

 シービビ豆の吹き方も
 今はもう忘れてしまった




  *「緑竜館」:もともとはホビット庄
    にある旅籠の名前。
by Hanna
 

§ 夏


        でんでん虫とみずたま
水晶みたいにかたいみずたまが
ころころころがって
つぎつぎつぎつぎ
葉っぱのかげのでんでん虫に
ふりかかる
そしてその
すきとおっていてとうめいではない
キャラメル色のからに
はずんでいくつにも分かれる

ああ雨がふりだしたな
とけたキャラメルみたいな体をゆすって
ミルク味の霧の中に
でんでん虫は出ていった

あとにはみずあめのような足跡が残って
雨といっしょに
つやめいた
by Hanna
 


         六月夜 Rokuzukiyo
おお、ぽ・ぽ・ぽ と満月だ
刻々 ふくらむよな
     なつまちづき
雨あがりの夏待月だ
だれか わらっているよ――
眠りつけない木の葉たちだ
くすくす さらさら 月夜

ああ、と・と・と と満開だ
刻々 こぼれるよな
雨あがりの花たちだ
だれか うたっているよ――
眠りつけないつぼみたちだ
タラララ うかれた 月夜

ぽ・ぽ・ぽ・ぽ・・・
と・と・と・と・・・
夏・なつ・ナツが来るよ・・・
モールス信号だよ・・・
by Hanna
 


          骨の月の夕べ
尖った鼻面の小ずるい獣の顔が
台風に激しく洗われたたそがれの空に浮かぶ。

そいつは喰おうとしている、
白い弓形の月を。
顔の長い牛の頭蓋骨にも見える月を。

川面は青黒くギラギラしている。
すべてが、輪郭がにじむほど剥き出しだ。
隙間だらけの強い風が、
川を越え激しくこの心をひきさらっていく。

港を見下ろす棕櫚の木がくっきりと折られ、
生まれて間もない子ネコが破れかぶれの顔で溝から覗く。

わたしは骨の形の白い月を見上げて
しばし立ちつくす。

木立ちからしみだすセミの声が、
寒けだつほどの浸透圧で迫ってくる。
この甘くにがい、戦慄をともなう歌は、
昔ながらの夏の感覚をゆり覚ます。

疾風がまた吹いてその震えを奪い去ると、
群青色に暮れゆく空に小ずるい雲は消え、
淡い蜜色に
光り出す骨の月。
by Hanna
 


      さざんかと兵隊蟻
黒ずんだ蟻巻たちの群がる
若芽のふちに
見張る 老練な一兵卒よ きみは

働き蟻らは 遅れている   が
虚空に頭ふりあげ 顎かみならし
敵に備える つとめをはたせ

 さざんかはもう
 冬のつぼみの夢を見ている
 長い夏の終わりの日

三枚の若葉を注意深く哨戒し
持場へ戻り
見張る 黒びかりの兵隊蟻よ きみは

働き蟻らは どこへ行ったのだろう   が
ジッとにらまえ 足ふみならし
敵に備える つとめをはたせ

 さざんかの甘い
 樹液を吸って 蟻巻はまどろむ
 白い筋雲の流れゆく夕方

イラク軍のような化学兵器を
僕は撒く 根方に
見張る 孤独な前線兵よ きみは

いまに日が暮れて 闇が来る   が
ああ手をこすり 牙をみがいて
きみは待つ そうしてだんだん老いる

 さざんかの見る
 甘い冬の日の夢は見えない
 あつい夏の最後の日

 きみの腰は黄ばんできた
 きみの触角はかすんできた
 けれど敵に備え
 本能という司令官に命じられるまま
 若芽のてっぺんで見張り続ける兵隊蟻よ

 秋風が立ち
 きみの墓標に露が光れば
 さざんかたちは夢をつむぎ始める
 白い雪片のような花びらの夢を




   *この詩を書き留めた1990年8月、ニュースでは
    イラク軍がクウェートに侵攻しました。
by Hanna
 


          天上の秋
高校野球のサイレンが鳴って
白いスモッグは吹き払われる
セミの声が伴奏するなか
優雅に流れくる純白の雲よ

 群青色に疲れを休める海のうえ
 ゆったりと天上では秋の宴を始める
 下界の暑さを折り返す
 こみどりの梢をよそに

 パンパンと綿の実のはじける音が
 あの雲の上まで届くかしら
 そうして とどろく深い海鳴りが
 激しい雨を喚ぶかしら

高校野球のサイレンが鳴って
白い埃に水が打たれる
セミの声が挽歌をうたえば
優雅に流れくる 天上の秋
by Hanna
 


        哲学者たち
ツク ツク オーオシー
真理への階梯だ
ツク ツク オーオシー
夏の日の過ぎぬ間に

 樹蔭の哲学者の思考は
 炎のように加速する

ツク ツク オーシー
第三原理から 第四公理へ
ツク ツク オーシー
第四公理から 第五真理へ

 それは機関車のよう せわしなく
 扉を次へと 開け放ち 突進する

ツクツク オシー
おお めくるめく 生命の螺旋
ツクツク オシー
のぼれば 天上は近い

     きざはし
 真理への階段よ!
 めまいをしながら のぼれ、のぼれ!

ツクツク シ
だんだん 狭く
・ク・ク ・
だんだん 速く

 そして森羅の頂点で
 錐のようにとがった尖端で
 彼は全天に向かって真理を告げる

ツク ツク ピー
あけぼのの彼方へ
ツク ツク ピーオー
毒気撒く さそりの灯まで
ツク ツク ピーオース
         は
しずかなる 山の端の星へ
ツク ツク ピイーオオース
そして胸灼く 夕映えに

 真理! 真理!
 この世の奇蹟!

それから一本の樹にひとり ひとりずつ
どの哲学者も 遅かれ早かれ
恍惚のあまり失神する
ピー と 空気の抜けた風琴のように

 幾とせも夏が終わるたび
 何百という真理が生まれ
 哲学者らは世にそれを伝えて
 恍惚のうちに土に還る

ツク ツク オーオシー
きみはもう哲学者の声を聞いたか?
ツク ツク オーオシー
彼らの予言する声を?
by Hanna
 

§ 秋


          九月ついたち
ふと音の絶えた木立ちに
ぼんやりと暮れる一日
1キロも向こうで
かけあい漫才しているツクツクボウシ

きまり悪くなったように
ヒヨドリが突然
「ねえ 何さ まだ暑いじゃないの
もう九月だってのにさ」

すいと掃除した空
低くはたはたと コウモリが踊る
3キロほど上空で
吹いている 冷えたまあたらしい風

おもい出したように
キジバトが突然
「ででっぽ ででっぽ ででっぽ
ほんとに あってるかい」

日が落ちて虫たちが
いっせいに答える
「ええ あってます あってます
たしかに たしかに今宵九月」
by Hanna
 


            月の出
 すみきった夜空に、
「ほら!」
「なに?」
「あれ!」
「どこ?」
「あそこ!」
「まさか?」
「しいっ!」
「わあ!」
 と、月が出た。
by Hanna
 


        ブランコをこぐ秋
熱のある日
昼間から横たわり目をとじると
いつも決まって聞こえてくる
ちいさな物音たち

草むらの虫と
きじばとのおだやかな唄
ブランコのきしみに
とおく犬のほえ声

 秋の日は ほんとに平和で
 きじばとは終日唄いつづけた
 しわがれた みじかい節を
 ゆっくりと くり返し くり返し

熱のある日
夜になり起きだしてくると
いつも決まってまたたいている
かなたの街あかり

草むらにこおろぎの声しげく
ときどきネコもしのび鳴く
ざわざわゆれる木と
坂道をのぼってくるヘッドライト

  ほんとに平和な秋の日は
  いつまでもブランコをこぎつづけた
  夜がふけ 虫の音があたりをつつみ
  星と月とが めぐってゆく
by Hanna
 


           秋の血潮
ツルムラサキの実が熟せば
大切につんで
古いハンケチにつつんで
ぎゅっとしぼる
秋の血が流れる
指やハンケチも
血潮に染まる

じゅうぶんしぼったら
ハンケチをあけて
固いたねを洗いだす

しぼった濃い血を
絵筆につけて
描いてみる

秋の 色だ

中間試験の前の日曜に
指を秋色に染めて
朝からそうやっているのは
わたしぐらいのもんだ
by Hanna
 


         十月の森の色彩
絵描きがつけすぎた絵の具のように
オレンジ色になった柿の葉っぱ
見ればあちこち実をさげて
ずっしり重みが加わった

水を混ぜすぎたのはメタセコイア
細かすぎる葉はにじんでしまって
うすぼんやりとふくらんだ
ふわふわの大きな鳥

 きんもくせいの色も香りも
 風にすっと持っていかれてしまい
 森にはヒヨドリのおしゃべりが
 なんだかわざとらしく大きくひびく

抜ければ青い
詩人になってみたいほどの空
by Hanna
 

       きん
      黄金色のポプラたち
 きん
黄金の太陽に染められて
ちらちら 青空のポプラたち
秋の雲は白く風に乗って
はるか彼方 海へ流れてゆく

 どんな木よりも高く 空めざし
 秋風にふるえるポプラの木
 いつか僕たちも雲に乗って
 はるかな海まで旅するのさ

手品のトランプカードのように
ちらちら 青空のポプラの葉
鳥たちは小さな翼張って
はるか彼方 海へ飛んでゆくよ

 どんな葉よりも軽く 空めざし
 秋風にふるえるポプラの葉
 風よ 僕たちも雲に乗せて
 はるかな海まで連れていってよ

星のかすかな明かりを受けて
きらきら 夜空のポプラたち
やがて木枯らしに枝をはなれ
ビーズの露まとい散ってゆく

 どんな木よりも高く空に向かい
 どんな葉よりも軽く風に乗り
 そうさ 来年はきっと…
 はるかな海を越えてゆくよ

黄金の太陽に染められて
ちらちら 青空のポプラたち
春になればまた鳥が渡り
東から星座が昇るだろう
風は海に向け 吹くだろう





   *ポプラは、シートン動物記によると、
    “ふるえる(trembling)アスペン”
    と呼ばれるそうです。いつも葉が風
    にざわざわふるえているから。和名
    は「山鳴らし」といいます。
by Hanna
 


          冬の序章
かさっ… かさっ…
しっ しっ しずかに!
かさっ… かさっ…
大きな木の実がおちる。

じいーっと じいーっと して!
淡い日光がすすけた裸の枝をてらす。
枯れ葉が音もなく舞い、知らない間につもる。

だまって!
とかげ
蜥蜴たちは十一月の陽におじぎして
どこかへ消えてしまった。

しいっ!
風がすうっとふきぬけると
灰色の空から冬の子どもがやってくる。

しっ、しずかに!

起こしてはいけません。

春まで。
by Hanna
 


          秋へ、冬へ
秋へ 頭上は明るくなる
透明な空高く鳥が渡り
木々はあざやかに衣を染めていく

 いのちのつきるとき
 かぐわしい土にかえる前に
 とりどりに飾りたてるもみじ葉は
 坂道を海へと駆けおりてゆく
 ころがるような せわしさで

 やがて風が吹き
 かれらをうずまき型に投げ上げる
 五色の螺旋階段
 天までのぼる

冬へ 小道は明るくなる
もえつきた木の葉がはらはらと泣き
枝々はするどく天を指している

 いのちのつきたあと
 からっぽになった空が
 かなしいほど陽にてらされて
 小さな空気の泡が通り過ぎる
 数珠玉のように つらなりからまり

 やがて風が吹き
 北から新しい吐息がやってくる
 夜明けがたのまぶしい白に浄められ
 足もとはすっかり満ち足りる
by Hanna
 


        火葬の木々
つめたくすんだ青ぞらに
もえたつ木々のたいまつよ。
めらめらとほのおのごとく
はらはらと火の粉をおとし。

怒りもなく 悲しみもなく
木枯らしのひそやかな誇りをもって
すっくと立ちつづける木々。

風が
海の香をはこんで来
星が
つづれ織りの夜に宝石のごとくきらめく。

つめたくすんだ青ぞらに
もえたつ生の終焉よ。
音もなくほのおはきえて
はらはらと骨をちらし。

悼むことも 惜しむこともなく
おく霜のするどい誇りをもって
すっくと立ちつづける木々。

春は
永久に忘れ去られた夢のごとく
時は
永劫にふりつづける雪のごとく。
世界は
ゆるやかにめぐる巨大な車輪。
by Hanna
 


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