いわゆる「猫好き」ではないけれど。
§ きゅーと・きゃっつ
猫 月 夜 nekozukiyo
けばだった、春の夜半の白い月を 片目でながめてるのはだあれ? ──猫はまっすぐに月を見るってことがない 上目づかいに やぶにらみ よこ目流し目 おねぼけ目 「みょーみょー みょーな月だよ せっけんみたいに白い スポンジみたいにやあらかい」 そそけだった、春の夜半のお月を 片目でながめてるのは白い猫 ──その時だよ 月がちょびっと身動きしたのは もぞもぞ くしゅくしゅ と思ったらお月 と思ったら白猫 「みょーみょー みょーな月だよ おいらみたいに白い おいらみたいにやあらかい」 あったかい、春の夜明け前に 白い月は空からおりてきて 白猫がふたあつ、ハニームーンだ
§ まじかる・きゃっつ
波止場を 見たか
波止場を 見たか 降りつもる 雪のように 結晶した孤独が居座る夜 め アイスブルーな瞳をして そいつは 深淵の瞳をして ぼくの内部に沁みてくる 波止場を 見たか ひたひたと 満ちる海のように 猫のかたちをした孤独が膨らむ夜
アイスブルーな猫の夜
あなたという名の猫を ぼくは心に飼っている アイスブルーな夜は まじろぎもせずにぼくを見つめ返すよ 一種の持病みたいなものだ これはもう なか いつもぼくの内部に居るのを なだめすかしてねむらせる あなたという名の猫が ぼくの波止場に棲んでいる つめたい月夜にはふく だまってどんどん脹らんでいくよ しこ 一種の痼りみたいなものだ だんだんと まっ白なやわらかい毛が ぼくのむねやのどにつかえる あなたという名の猫は ぼくの心の波止場に居る つきとおるような孤独の夜に ひそやかに居座りつづける いとしくもくるしい大きな白いぼくの猫…
あおねこ
ここには一疋の青猫が居る さうして柳は風にふかれ、墓場には月が登ってゐる。 ――萩原朔太郎『青猫』 やさしく はかなげな影は その顔に うめこまれた、いたいような宝石の瞳 しのびゆけば ゆれる ゆれる 名残りの細い尾 背後の月に電波を送るか あおねこよ 今宵 おまえの瞳は つめたくまるい涙 ながすか ぼせき 人影も たえてひさしい墓石の根かたに 名も知れぬ 花ぞ咲く ――青猫に寄せて
真夜中の町角 〜cats' eyes
遅い月は レモン月 アイスクリームみたいに冷たい光 とめてあった車のバックミラーの中で きん ノラ猫の目 黄金に光る 真夜中の町角で 夢は小さな黒い仔猫よ 月光あびて じゃれあう きん 小さな黄金色の宝石たち 雲間にはためく ペガサスの翼 ゼリーみたいにゆれる光 とめてあったはずの車が走りだしたら アスファルトに重なる 影のダンス 真夜中の町角で 夢は小さな黒い悪魔よ 星あかりあびて 踊りくるう 小さな蒼白い欲望たち
§ すましねこ
坂道の猫
なくのはだれ 夕闇の坂道で ハタキみたいなベージュの猫が やってくる 気どっているのか ためらっているのか 一歩ずつ やってくる… ふわふわハタキ 芯はあったかくしなる肉 こちらをけっして見ずに ひとの足のあいだで えがく八の字 のの字 のの字じゃないのよ おまえ ずるい子 なんとかお言い すりよるのはだれ 夕闇の坂道で イモムシみたいな太った猫が じゃれてくる うれしいつもりか いやいやなのか ゆっくりじゃれる おい 猫よ わたしはおまえを知ってるぞ ひとりよがりで うそつきで なのに坂道でひとを待ちぶせる くるり くるり月のない宵 おまえ さよなら 闇はひとりがあたたかい
§ ねんねこ・みゅー
猫のひるね
おそいひるねから醒めてのぞけば 松のねかたで ふわふわの猫がまるくなってる オレンジ色の猫さ おいしそうな猫 ジャムパンの夢 見るかしら あいつも首筋にすこし汗などかいているかしら 薄日もささぬ 熟した午後に おもいひるねから醒めてのぞけば 猫ももそもそ 身づくろい まだ半分ねむいさ おいしそうな猫 パウンドケーキの夢 見るかしら あいつもひげ先に海など見えているかしら 小雨もふらぬ 淀んだ午後に Let's go, わがまるいふとった猫や オレンジ色さ なんといっても ぴょい、ぴょい、ぴょい。 へいの上にのっかって 僕も 港 見おそろそうや。 あいつも耳のつけねに雨など感じているかしら 松のねかたは だれも来ぬ Let's go, わがまるいふとった猫や オレンジ色さ なんといっても にゃお、にゃお、にゃお。 へいの上にのっかって 僕も 海の歌 歌おうや。
薄ぐもりの日曜
ちいさな虫たちが窓辺をとびかい 時々 鳥影がよぎる 雲は何ということもなく 空を漂い 秋の透き通った日差しも消えた 山からおりてきた鳥たちは 世間話に興じているらしい 雲居の彼方 のぼりつめて たま 輝く球を手にすることは どうしても必要なわけじゃない 茂みの中で猫は雲のようになり さっきから昼寝している からすの間の抜けた声がし 秋の繊細な光の綾も消えた 頼りなげな蝶たちは せっせと踊り歩いているらしい 峰の頂き 雪深き宮居に 輝く球を求めることなど どうしても必要なわけじゃない 自由と戦いとを得るために はがねの刀 鍛え直すことなど どうしても必要なわけじゃない 薄ぐもりの生暖かな晩秋に 手をのばせば届くほどのところの 草の実でも取って頬ばりながら ふやけた白猫のように茂みに寝ている 冬のことなど いまさら 考えたって 仕方はないさ 雲居の彼方 のぼりつめて 輝く世界 手にすることなど そんなに必要なわけじゃない