ヒーロー
さらば、英雄

§ 若者


           熱い春の宵
かなしげな唄がながれ
ぼくは静止している
熱い春の宵が
怒濤のように
スローモーションですぎてゆく

 とおい昔のぼくは
 詩編の中の英雄だった
 大きな月夜にさけび声あげていた

まみどりの中、こだまする鳥声
ぼくは眠っている
熱い春の宵が
おそろしく平和に
血潮のようにすぎてゆく

 とおい夢路でぼくは
 詩編の中の英雄だった
 くらいやみ夜にさけび声あげていた
by Hanna
 


         町よりかなたに
ぼくの心のなかで
いやましにましてくる
ひとつの入道雲があった
夏の空に
いどむようにもりあがり せりあがり
ひとを吸いこむ青さに
対立してみなぎる
巨大な積乱雲

 ぼくは出かける
 この一様にセピア色をした
 町よりかなたに
 町より向こうに
 ぼくの求めるものがあるから

ぼくの心のなかで
とどまることを知らぬ
ひとつの野獣があった
夏の空に
いどむようにほえかかり ほえたけり
ひとのたましいを抜く青さに
拮抗して威嚇する
巨大なひとつのけだもの

いまぼくは 身内の力を信じて
何百年もなやみぬいてきたことを解決する

 ぼくは出かける
 この一様に黙して並ぶ
 町よりかなたに
 町より向こうに
 ぼくを呼ぶものがたしかにあるから
by Hanna
 


           旅立ちの朝
足下には洋々たる海
頭上はるかに無限の空
       まち
ごみごみした都会に
それでもかすかな郷愁をいだいている

けれども故郷はそこにはない
碧落の彼方の
ひとはちいさな星なのかもしれない
無窮なる海また空
ひとは膨大な真空を見るだろう
それにくらべれば
       うつろ
都会はちいさな空虚だ

幾千年の眠りをといて
古き者たちがやって来るだろう
神々は再び天に集い
大洪水を起こすかもしれない

前途には一文字の水平線
背中を押す一陣の疾風
僕は第二の
ノアになるのだ
by Hanna
 


       旅ゆく人へ 〜TROUBADOUR
目にしむ丘の緑にそっとほほえみかけて
風とわたっていく旅人よ
花々の、鳥たちの唄に耳すましては
かそけき楽を奏でる

 風はすべてのものを揺すり
 窓からひとの心へ吹きこむ
 なまあたたかな、遠くの雨の匂いを運ぶ
            うたびと
 トルバドール 遍歴の伶人よ
 花咲く坂をたどって
 僕の住む街へ

目にしむ海の青にそっと涙はらって
風とわたっていく旅人よ
春の木の葉 舞い散るなかで
静かな踊りの伴奏をする

 風はすべてのものを揺すり
 天上の薫り伝えてゆく
 なまあたたかな、遠くの雨の匂いを運ぶ

 トルバドール 遍歴の伶人よ
 雨ふりの川をわたって
 かなたの荒野へ

 トルバドール 遍歴の伶人よ
 乙女らの花輪もしおれ
 今はただ夢の旅路を
by Hanna
 


          遍歴の旅人
重たい金の日光が
はじけるように 天を満たせば
風は湾から吹きあげて
前髪を揺する

雲の気ままに旅ゆけば
小鳥の声が そして草のそよぎが
道連れになるだろう

こうして僕は
茂る若葉に映る鳥影を追って
旅に出た

海は前方に横たわり
黙してじっと僕をみつめる
その大きな腕を差しのばし
苦しいほど心を抱きしめる

雲の気ままに旅ゆけば
虫の音が そしてそぼ降る雨が
道連れとなるだろう

そうして僕は
遍歴の騎士さながらに森を抜け
旅をした

いつしか僕は
沼地で出会った一頭の竜に乗り
海へ出る
by Hanna
 

§ 乙女


       ワ ル ツ
赤に黄色に白に緑
ウィーズたち 花ざかり
うちにそとに ランラ…
ステップ スキップ ストップ ホン!

おいで おいで おいで
夢みてる
おいで おいで おいで
夢みてる夏の初め

真緑 浅緑 深緑
ウィーズたち のびざかり
うちにそとに ランラ…
スキップ ステップ ストップ ホン!

ここよ ここよ ここよ
夢みてる
ここよ ここよ ここよ
夢見てる夏のさなか

 踊れば忘れる命の方程式
 爪先のなくなるまで
 うちにそとに ランラ…

金に銀に虹に白
ウィーズたち 目もあやし
うちにそとに ランラ…
振り子みたいに ゆれ ゆれ ゆれ る

おいで おいで おいで
夢みてる
おどれ おどれ おどれ
夢みてる夏のおわり
ゆめみ ゆめみ ゆめみてる
ステップ スキップ ストップ ホン!
スキップ ステップ ストップ Bang!




   *『海鳴りの石2』祭の宵に出てくるダンスの
    もとになった詩です。
by Hanna
 

            ヒーロー
        さらば、英雄
忘れないで 星の夜
暗い広い野原に聞こえていた
虫たちの 水笛のような子守唄

街を出たのは いつの日のこと
思いも及ばぬ とおいむかし
      ふるさと
なつかしい故郷の家々は 夜明けの夢に出てきたよう 

丘のはてに 月は沈み
あたりはひっそりと 眠りにつく
        め
けれどあなたの眼は宇宙に冴えている

別れを言ったのは いつの日のこと
かすかに漂う 春の花の
香りが妙に新しい 白茶けた裏庭の昼下り

 川を渡り 幾筋もの尾根を越え
 夕ばえの彼方に 潮騒を聞くまで
  よ     
 夜が明けて 雲が割れて
 嵐が過ぎて 花が開くまで
 忘れない  ドリームタイム
 遠い遠い 夢の時代に生きていた
    ヒーロー
 誰か英雄の後ろ姿

忘れないで すべての夢よりも
夢の中の あなたが好きでした
緑ふかい森の木立ちに 遠ざかる狩の呼び声

丘のはてに 月は沈み
あたりは夢のように しずかに光る
けれどあなたの眼は彼方を見ている

忘れないで すべての夢の中で
いつも歩き続けていたひと
      ドリームタイム
遠い遠い 夢の時代に生きていた
   ヒーロー
誰か英雄の 後ろ姿

さようなら 好きでした すべての夢の中で
いつも輝いていたひと
風の渡る荒野のざわめきに 遠ざかる蹄のひびき

     ドリームタイム
 遠い遠い 夢物語を今も生きている
    ヒーロー
 誰か英雄に 花を




   *『海鳴りの石2』のメインテーマとして出てくる
    歌ですが、物語中のものとは若干異なります。こ
    ちらがオリジナルです。
   *ドリームタイム:オーストラリアのアボリジニの
    伝説で「神話時代」をこう呼びますが、それとは
    別に、私は、昔(ホール&オーツの)ダリル・ホ
    ールの歌った「ドリームタイム」がとても好きで
    した。
by Hanna
 

           ヒーロー
       さらば、英雄 2
灯台のふもとに立って
星くず散る港湾を眺めていた日
宝ものはこの手にかえり
僕は再び剣をとり 戦うことができた
吹きあげる風に 髪を逆立てながら

 塔はこぼたれ からまる茨は焼けた
 黒く焼け落ちた
 僕の心の城塞もまた

細道を駆けのぼって
嵐のやって来るのを待ちかまえていた日
炎はこの身を焦がし  つか
僕は血にそまった剣の柄 握りしめていた
雨にうたれ 髪をぬらし 泣きながら

 竜は滅び 岩山の迷宮は爆発した
 黒く煙をはいた
 僕の心のたいまつもまた

いま 海はきみの愛よりも深く
憧れはきみの瞳より切ない だから

湾をこえて 旅に出る

桟橋の突先に立って
夕陽を抱く海の果てを呼んでいるこの日
宝ものは再び彼方にあり
とどまる限り僕の頬から返り血は消えない
僕はそっと 靴をぬぐ

ああ 海はきみのぬくもりより安らぎに満ち
潮騒はきみの抱擁よりも息つまらせる だから
湾をこえて さようなら

 潮は満ち 水平線はたそがれた
 青くたそがれた
 僕の心の海もまた

ああ 海は此岸の日々よりも強く
憧れはまたたく炉辺よりも胸をほてらせる だから
湾の向こうへ 旅に出る

きみを残して 旅に出る
by Hanna
 

§ 長路


         楽園の夢
つめたさに気づいたのはいつ
初めて舞う雪のように大地をぬらし
僕の髪は砂にとけて
何も残らぬ 日々よ

せつなさに慣れたのはいつ
ひとり揺れる木の葉のように身をいなし
人知れず咲き誇る花を見つけ
顔うずめて 夢を見た

 地の果てにあるという楽園の
 門はまだくずれてはいないか
 恵み深き神々は
 僕を待ちくたびれてはいないか

さみしさに笑えたのはいつ
今は祈りも凍りついた
季節は通りすがりの旋律を
きれぎれに 歌いながら

 吹きぬける夜風に
 いま 心を さらわれた

 地の果てにあるという楽園の
 塔はまだ雲をしたがえているか
 気まぐれな神々は
 僕を待ちくたびれてはいないか
by Hanna
 


         夜風の旅路
そうして夜風が吹きぬけ
僕の中の、熱の出た寂しさをくすぐる

 決して堪えられなくもない、
 心地よい熱の夜は
 あおむいて 風に吹かれ吹かれて
 どこまでも歩いていく
 道端の 咲きにおう花のあいだに
 一つ一つ落とし物をしながら

そうして夜風がささやき
僕は道しるべの石 落として進む

戻る気は たしかにあったのだ 歩き出す前

 決して行きつけぬわけではない、
 ほどよい遠くの城は
 けれども砂の微粒子から成り
 どこまでも崩れていく
 道端の 茂りあう草のあいだに
 一つ一つ骨をさがすうちに

そうして夜風が通りすぎ
僕は道しるべの石 拾いあげ進む

戻らぬと分かっていたのだ 歩き出す前

そうして夜風が、
…決して朝の来ぬ不思議な夜
気がつくと 僕は歩いている
拾うのは僕の骨? 落とすのは僕の石?
そうして夜風が、夜風だけが
永遠に砂の城を崩しつづける
地平にたいらな 巨大な月が昇る
by Hanna
 


         悲しき行進
雨の中 雨だけが響いている遠い庭
打たれ 打たれて 死ねばよい――

 坂は続くか 海鳴りはまだか
 戦の野にも 着かぬまま
 知らずと老いゆく兵たちよ
 前の背中 前の日焼けした髪
 ただそれだけを ゆがむほど見つめ

 ハ短調の行進曲 疲れ切った群れが
 それでも 不思議な笑みを頬にきざんで
 さく さく さく さく…
 雪を踏んで

 道は続くか 地鳴りの天よ
 はるか故郷も 消えたまま
 知らずと石化してゆく兵たちよ
 前の背中 前の風化した髪
 いつしか 歩み続けるは 石の巨人たちよ

雨の中 歴史の記憶はまわりつづける
まわり めぐりて 死ねばよい――
  はたん
 破綻調の行進曲 疲れ切った骨が
            ともな
 それでも 不思議な音で共鳴りつつ
 から から から から…
 風ぐるまとなって
    はたんきょう
雨の中 巴旦杏の匂う遠い庭
むせて つまって 死ねばよい――

 あれはいつのこと 光景の断章
 ハ短調の――巴旦杏の――破綻のかおり
 海鳴りの――神鳴りの――とどろく雨の庭
 風化した――孵化できぬ――無数の夢の卵
 さく さく さく――ざく ざく ざく
 から から から――がら がら がら

 坂は続く 動悸はやまぬ
 からだは石だ 夢は埃だ
 知らず 老いゆく者たちよ
 思い出す 雨の庭 おぼろにかすみて
 かすみ かすみて 死ねばよい――
by Hanna
 

§ 帰還


            オシアンの伝説
ルリリ ルイリリ
うた
吟うよ 古き英雄
静かな漁村の昼下がり
ルリリ ルイリリ
吟うよ 老いた声
どよもす海辺の白砂の上

 “そのかみ ひとりでに鳴る琴ありき
  そのかみ 風をしずめる唄ありき
  星々の降る丘 潮騒伝うる野のありき”

ルリリ ルイリリ
吟うよ 古きひと
黄金の髪 白い肌の美丈夫よ
ルリリ ルイリリ
立ちあがるよ 彼の馬
天と海駆ける 見事な駿馬

 “そのかみ わが父 戦士ら率い
  多くのいさおし 語られにけり
  眠りに包まれし入り江より 西へエルフの船いでにけり”

ルリリ ルイリリ
吟うよ 旅人
ルリリ ルイリリ
かきならすよ 竪琴

 “われはオシアン、西方王子
  再び星降る丘をのぞみに来る時は
  最後のいくさと 心得よ”

ルリリ ルイリリ
馬にうちまたがり
ルリリ ルイリリ
波間に消えぬ

時しもよ かもめの 啼きさわぎ
人々まどろみに 音色きく
ルリリ ルイリリ
ルリリ ルイリリ   *「オシアン」…モデルにしたのは、アイルランドのフィアンナ
    騎士団の一員アシーン。父は騎士団長のフィン・マックール。
    西方の常世の国から戻る伝説は、浦島太郎と似ている。
by Hanna
 

§ 鎮魂

             ヒーロー
         さらば、英雄 3
何も知らなかったころ
丘はいつも緑で街を抱き
煙は野焼場からひとすじたち昇って
雲間に消えていた
          ヒーロー
 魂を手折りながら英雄は
 草の茎で剣をといだ
 それから孤独が心から嬉しくて
 神々にむかい大声あげたりしていたものだ

 いまは泣き疲れて波間に眠る英雄

何も知らなかったころ
竜たちは火炎はき めらめらと映え
塚山から金銀は滝つ瀬のごとくこぼれて
陽光にきらめいた
            ヒーロー
 思い出を蹂躙しながら英雄は
 炎にて鎧をきたえた
 それから勝利が心から嬉しくて
 神々にむかい踊りくるったりしていたものだ

 いまは遊び疲れて波間に眠る英雄
         ともがら
  聞け 漂泊の徒輩よ
  俺は答えを見つけた
  酔いざめの夜ふけに
  丘の上から見た海の壮絶よ

  奪ったのは奪われたかったから
  日々をつむぐ宇宙の大蜘蛛よ
  殺したのは殺されたかったから
  愛したのは愛されたかったから

何も知らなかったころ
彼方の海は彼には永久の謎で
波の歌はふとふり返る幻聴のように
隠されていた
             ヒーロー
 いまそっと浜辺の船を 英雄は
 彼方へと押し出した
 それから細胞じゅうの海があふれるほど
 神々の死を哀れんで泣きつくした

  遊んだのは はかなさを知っていたから
  日々をつむぐ宇宙の糸車
  孤独を選んだのは寂しさを知っていたから
  輝いたのは闇の母を知っていたから

  サ・ラ・ヴァス・テリヤ(我を安らかに眠らせよ)…
  いさおし
  勲は忘却のため
  誕生は死のため
  そしてすべては 滅ぶため
      さすらい
  聞け 流浪の徒輩よ
  俺は答えを見つけた
  酔いざめの丘の上で
  あおぎ見た暗天の凄絶よ
 
 いまはみな解けて波間に憩う英雄
by Hanna
 


        金モクセイと銀のチョウ
金モクセイの花が
おうごん
黄金の花が
雪のように降る
夢のように積もる
わたしは夜、鳥になる
鳥になって星を食う
雲は集まり道となる

金モクセイの花が
甘い官能の散華が
雪のように降る
ポプコーンのように積もる
わたしは夜、死者になる
横たわり土に溶ける
髪はゆるやかに川となる

 あえかな黄金の花よ
 来る秋ごとにかおる
 古い古い蜜の発酵よ
 わたしの魂を酔わせ
 夜にむかってときはなて

銀と白のチョウが
冷気の朝の幻が
木漏れ日のようにはばたく
錯覚のようにさまよう
わたしは朝、魚になる
魚になって水葬される
葦は風にゆれ哀歌をかなでる

白と銀のチョウが
夜の無残な端切れが
幽霊のようにはばたく
吐息のように落ちる
わたしは朝、眠りにつく
眠って前衛的な夢を見る
脳波は軽いジグをおどる

 ひそやかな白衣の踊り子よ
 来る秋ごとにくり返す
 古い古い死の儀式よ
 わたしの魂をなだめ
 霧まく朝にいこわせよ
by Hanna
 


          骨の英雄
くもり空 雨はあがったばかり
流れる古いうた それは
当たらなかった 予言のうたよ
ゆっくり 通り過ぎてゆく
          うたびと
時の顔をした流しの伶人

 遠くとどろく雷鳴に
 枯れ野は亡霊のように立ち上がる
 埋もれかけた骨に
 つめたくしみつく土の香

あおい空 嵐は駆け去ったばかり
流れる速い雲 彼らは
ほろびなかった 大地を眺め
振り返りながら消えてゆく
ただれた貌の魔性たち

 遠くとどろく海鳴りに
 枯れ野は旅人のように またざわめく
 ひそむ亡骸のまなこを
 つめたく吹き抜ける冬の風
by Hanna
 

§ 昇天


        幻想のガリラヤ人
おお、リ、ラ、
    ル、ライ、ラ
あさやけに坂道をのぼってくるバスが一台
父と母と祖父と祖母と
たくさんの先祖たちを乗せて

わたしの髪はまだ黒いか
鳩時計が鳴くのをやめるとき
それは突然 灰色になるのだ

 預言者は言った
 母によってもたらされた帽子は
 父によって隠されるだろう と
 鏡にうつった髪を見て
 不安におびえているわたし

おお、リ、ラ、
    ル、ライ、ラ
ガリラヤ人は闇より出でて
つらなる荒野を羊を連れてゆく
はげめよ 古きこと学ぶため
一編の詩を書くより前に
しかし
わたしは詩を書かねばならぬ
やがて髪が灰色になり
母の手で葬られたとき
墓碑銘には詩人と書かねばならぬ
一編の詩を書くのだ
全身全霊をささげても

わたしの髪はまだ黒いか
鳩時計はまだ時を告げつづけているか

ガリラヤ人は町をゆき
大勢の民が天をあおいだ

おお、リ、ラ、
    ル、ライ、ラ
時はもはや残っていない
わたしは一編の詩を書かねばならぬ
あの星降る夜 安らぎにつつまれて見えていた
天より地までのことを

おお、リ、ラ、
    ル、ライ、ラ

――いま、丘へのぼる道が見える

ガリラヤ人は闇より出でて
たましいの王国 夢みてはてた
by Hanna
 


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