LOVE AFAR


        夜あけの林檎
バラバラのあたしのココロ
あつめてカゴにもどしてよ だれか
コ・コロ コロコロ ちらばった
空いちめんに ころがった

 夜あけの三分前
 水族館みたいなキッチンで
 あたしはゼリーのような
 つめたい大気を泳ぐ

スイスイとただよいすすめば
あちこちから 林檎のかおり
スイートで すこし酸っぱくて
せつなさが 歯ぐきにしみる

 じゃましないで
 夜あけの三分前の遊泳 でも
 水からあがったあたしを
 透明なラップでつつむように
 抱きしめにきて だれか
 夜あけの前に




   *むかし(1995年)雑誌『詩とメルヘン』の
    「おりたたみ画廊」コーナーに佳作掲載さ
    れたもの(一部変更)です。雨宮尚子さん
    の絵に詩をつけました。
by Hanna
 


     あたしのおフロがこわれちゃった
あたしのおフロがこわれちゃった
どっぷりつかってすてきなゆめをみていたときに

地震かしら台風かしら
それとも強盗団にやられたのかも
屋台骨がゆがんじゃって
どうにもならない 悲しいね

 今までそりゃあすばらしかったの
 ほんわりあったかさにくるまれて
 うっとり目をとじあまいゆめごこち
 この幸せはいつまでも
 つづくもんだと思っていたの

あたしのおフロがこわれちゃった
ササヤカなふたりのくらしをゆめみていたのに

容姿かしら性格かしら
もともとこわれる運命だったのかも
でもどっぷりつかっちゃって
ぬけだせない なさけないね

 このままじゃあカゼをひいちゃう
 すっかりさめた思い出から出られない
 買いかえきかない修理もできずに
 小さな湯ぶねでまるくなる
 ああ涙のシャワーも止まらない

あたしのおフロがこわれちゃった
だれか助けにきて世界がばらばらになる前に!




   *これも「おりたたみ画廊」コーナー応募作でしたが、
    落選でした。
by Hanna
 


          花火の匂い
川向こうは空想のマンハッタン
耳鳴りのように虫の声
boys and girls 輪になって
花火ダ 噴水ミタイナ花火ダ
大きな夜空に声 投げあげて
花火のように燃えては消えた若き日々よ

 いま記憶の裏にかすかに残る
 花火の匂い
 とりどりに光っては闇に同化していった、
 火薬のようなこひごころ

あかりを曳いて列車が走る
かわいた夏草の疲れたそよぎ
you and me 寄りそって
花火ダ ホントニ小サナ花火ダ
両手で隠さなきゃ光も出ない
花火のように燃えつきてくひとときの夢よ

 いま指先にかすかに残る
 花火の匂い
 ほそぼそと光っては闇に散っていった、
 火薬のようなこひごころ

 いま指先にかすかに残る
 花火の匂い
 舐めればにがい むかしといまと入りまじる
 火薬のようなこひごころ
by Hanna
 


      Bananafish & Salamander
バナナフィッシュってじつは
かなしい魚なんだね
ぼくはまた
バナナみたいにおしゃれで
あまい匂いのする魚だと思っていたら

 バナナフィッシュは食べすぎて
 穴から出られなくなって死んじゃうって…
 キミの好きなペイパーバック

ああ それ似ている
ほら さんしょううおに似ている
ピリッと香るちいさな魚だと思っていたら

 さんしょううおは気がつくと
 穴から出られなくなって…
 ぼくの古びた文庫本

ああ それ似ている
ほら ふたりの恋に似ている
バナナみたいにぶきようでピリッとつらくて

 のどにつかえて気がつくと
 ぬけだせなくなって
 かなしいバナナフィッシュ
 くるしいさんしょううお

本棚にねむる二つの水棲のこころ
いつか劫火の中で半身を再生するまで
バナナフィッシュを教えてくれた
キミをぼくは忘れまい




   *バナナフィッシュ…サリンジャー『ナイン・ストー
    リーズ』より。
   *さんしょううお…井伏鱒二より。異名は「半裂き」。
    半分に裂いても、半身を再生するという。英語では
    火の精霊サラマンダー。
by Hanna
 


        帰ることのない旅に
誰もいない浜を
両手いっぱい荷物をかかえて
見送りはいらない
ただ前を向いて船出するから

荷物はがんじがらめに荷づくりした恋ばかり
見送りはいらない
出航の汽笛もいらない

行く手はかすんで見えない
陸地が消えるとすぐに
あらしがやってくる

 かのひとの涙のようだ
 ふりしきる雪
 波しぶきにとけていく
 ひとつぶだって残りもせず

荷物を捨てろ
木箱は暗礁にぶつかってくだけ
思い出がばらばらと水界に散る
あらしの下で
ゆらめきながら海底に沈み
魚のあぶくといっしょにかすかなきしみが伝わるだけ
「スキデシタ スキデシタ」

あらしがやむと
もう何もない船に
すっかり変わった僕が立っている

へさきに立って
それでも大声で恋の歌うたいながら
波にまかせ どこまでも
船はすすんでいく
by Hanna
 


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