失われた千里眼

 

§ かしいだ冬

                 とき
        病んだ冬と混迷の時代
太陽のかなたから
白い死の花びらがやってくる
それでも海は真夏の夢から醒めない
褪めない

 動く者は姿を消した
 風も凪いで 風も無い

月光あびて横たわる
むきだしの大地 血を吸いながら
覆うべき経帷子もなく黙している
目している

 息づかいは聞こえない
 風邪も凪ぎ 風も無い

 芽ぐむはずの若葉が
 寒気もないのに枝先で凍っているのは何故
 積もるはずの雪が
 中空で 消えてしまうのは何故

星空のまなざしが
射すように突き刺さって抜けない
亡霊どもは我が物顔にうろついている
うつろっている

 今年の冬は病んでいる
 風も無い 風も無い
 今年、暦は病んでいる
 混迷の時代 混迷の時代
by Hanna
 


          三日月の増殖
夜空の切り傷 さむざむしいね
澄んだ群青にしみるよ
人っ子ひとりない道たどれば
くらくらと 夢はよろめく

 月が ぶれて 殖える
 黄色の血 流す月が
 いたい いたいよ
 やめてくれえ

夜空の向かい傷 いたいたしいね
ぱっくり口あけ うずき続ける
目に見えないカマイタチにやられて
ズキズキと 夢は膿む

 月が ぶれて 増殖だ
 空じゅう 傷だらけ
 いたい いたいよ
 死にそうだよお

 あああ
 月が ぶれて 大群だ
 空じゅう 月ばかり
 どれが どれが本物
 たすけてくれえ
by Hanna
 


           冬の関係性
白んだ教室の片隅で
壁のひびわれをなぞっていると
冬の陽がさしこんで
おどる はかない うすい影
凹凸のうえ 幾重にもゆがんで重なりあっても
わたしの影は かなしいほど細い

 はるかな冷たい青空におわす太陽と
 ひびわれに入りこもうとする影と
 いったいどんな関係性があるだろう

からっぽに思える教室の片隅で
コトコトとかすかな身じろぎを聞くと
ジェット機が海へと飛びすぎた
骨に 共鳴する にぶい爆音
体の基底を び・び・びとゆすぶって去っても
わたしの耳は アリのようにか弱い

 はるかな波音に合流する飛行機と
 いつまでも共鳴り続ける小さな耳骨と
 冬の静寂につむがれる関係性を夢想しよう
by Hanna
 


 一路平安、夢先案内羊 Bon Voyage, Dream Pilot Sheep
輪廻のフラフープを廻しながら
溶けて輪になったしがらみをまといながら
時の封印されたドーナツ盤を食みやぶりながら
荒ら野のはてへ 一路平安

 いやいやあれは
 土星の投げ縄につかまったのだよ
 カッシーニの間隙を
 少しずつ反芻しているところさ

 何にせよ

おまえに迷いはないか
ぐるぐると迷うのはおまえの取り巻きだけか
わたしを連れていってくれるか
切れ切れの思いが雪の花と降り
凍った鏡が白いウロコでくもる今宵
羊の案内人よ
夜明けの夢路を先導しておくれでないか




     *柄澤齋「SATELLANTIS-のちの世の夢」に
      インスパイアされて
by Hanna
 


     Clairvoyance Lost 〜失われた千里眼
 乱数表の国に住んで
 外の世の映像はすっかりゆがんだ

窓の向こうは寒い梢が揺れ
紫の雲が不用意なほどふくれあがる
くらいはずの町々に
色とりどりのあかりが混ざりあい
海の果てはしずんでいる

 ストップウォッチの国に住んで
 外の世との結界は霧で閉ざされた

窓の向こうで風景は溶け
黒い夜が無気味に広がり始める
しずかな部屋で
壁にあるかなしかの影が踊り歩き
ドアはうすれている

 いつの日か また
 変わりゆく雲の形
 追うことができるだろうか
    くらし
かわいた生活の中で
水晶の窓はかしいでしまった
今では夢だけがあざやかに
夜ごと脳髄で爆発する
つめたい花火のように

 いつの日か あらしが
 ガラスのくもりを ぬぐうだろうか

 星のひかりを もいちど
 ひとつに結ぶだろうか

 いつの日か わたしはよみがえり
    きん
 再び黄金の夢路灯 見定めて
 旅立つことができるだろうか
by Hanna
 


         海には
雲は流れる 冷たい夕焼け
遠い国の春――
求めるものとてなく
ただ 夜ごと日ごとの夢に遊びつ

 海には出るまい
 僕は 船乗りには

木の葉は散る 音なく枯れて
遠い天の花ざかり――
行く道も帰る道も迷い
ただ 見おろす 泡だつ水平線

 けれど出るまい
 海には 船乗りには

情況の一、迷妄の二
百まで数えたが
誰も 探しには来ぬ この夕べ

丸くなって眠る 寂しい町かど
遠いぼやけた朝――
ただ おのが足 見おろすだけの光

 海には出るまい
 僕は 旅人には

かすかなり八、くるしい十三
百まで数えたが
誰も 探しには来ぬ 死のうか

 けれど死ねまい
 僕は死者と遊んでも

 海には出るまい
 自分は死ねまい
        ..
 なにごとも まだ
 まだ そして永遠

星は降る はるかな虚空
遠い昔の春――
ためらいがちな優しさで
そよそよと足のあいだ 吹きぬけた風も

 海には 出るまい
 永遠に 船は
by Hanna
 


        爆弾男 バクダンオトコ
夜の町に歩くのは爆弾男
植えこみに火をつけるよ ワ ハ ハ
こんなに冷える宵だから
びゅうびゅう風泣く宵だから

 橋のたもとの赤ちょうちん
 あついうどんもないただの派出所なのよ
 困った 困った
 吹き散るゴミに話しかけてる
 爆弾男

ボウン バムバム 爆音は
かれじゃない 都会派疾風連のバイクだったよ
ピーポ ピポ サイレンも
関係ない 火事よボヤよ百とおばんよ

夜の町に歩くのは爆弾男
植えこみを捜してこごえるよ ブ ル ル
こんなに寂しい宵だから
ほろほろ泣ける宵だから

ボウン バムバム 爆音は――
ああ かれはいない あとかたもなくかげもない
ピーポ ピポ サイレンも
遠ざかる かれは消えた だれもだれも気づかない

かれは消えた ワ ハ ハ
爆弾男 テロの目標は彼自身
びゅうびゅう風が悼み泣く
ピーポ ピポ サイレンも

 橋のたもとの赤ちょうちん
 あついうどんもない派出所はしずかな夜




   *すごく昔、雑誌「鳩よ!」の公募で予選だけ通過した
    作品です。
by Hanna
 

§ 不在の降誕祭


      ガラスに映るクリスマス・ライト
詩人の季節をとおりすぎ
さむくつめたく日が暮れる
針のとぶレコードのように
思考は
はねかえる雨つぶのように

 おお雨はやがて白く老いる

詩人の霊感をのがしたまま
淡いバラ色の夕あかりが
さむくつめたくやって来れば

 アイスブルーの夢の中で
 何かが崩れていく音がたえまなく
 がらがら さらさらときこえている

詩人の刻限に眠りこけ
さむくつめたく年が往く
ねじのゆるんだ時計のように
わたしは
糸の切れたおもりのように

 おお「今」は文字盤のうえで息絶える

時計の針はくたりとなって事切れる
淡い血の色の残照が
しみとおっていく
アイスブルーの大気に

ガラスに映るクリスマス・ライトは
ひとつひとつ霜で凍りついて
ああ 大気はさむさの中で身動きできず
わたしは 文字盤の上で死ぬこともできず

 なにかがこわれていくよ
 なにかがながされていくよ
 でもなにが?
 でもなにが?

わたしの夢はアイスブルー
クリスマス・ライトが生き死にするよ
くらい窓べで
by Hanna
 


         脱走の果て
まだ若いみそらの頃
街には木枯らしが吹いて
指先はかじかんでつめたく
クリスマスのロックが鳴り響いていた

 恋もせず 踊りもせず
 寝もやらぬ夜更けに
 僕はあとからあとからこぼれおちる数式や
 マカロニみたいな活字なんかを
 ひっきりなしに頭からかぶってた

おがくずだらけの髪ふりたてて叫んでた
「これが済んだら行くぞ
 世界から、脱走するんだ」

まだ若いみそらの頃
橋の上ゆきかう人はいそぎ足ばかりで
はく息は清純な白で
クリスマスの飾りつけが目にしみるほどだった

 立ちどまらず 振り返りもせず
 思い出をがらがらからませたまま
 僕はがむしゃらに地曳き網の端つかんで
 海をまるごと背後に引きずっていた
 いったいどうするつもりだったんだろう

砂まみれの素足ふみしめ叫んでた
「これが済んだら行くぞ
 世界から、脱走するんだ」

 そうして僕は行った
 見事 秘密の結界を突破して
 悲しみ忘れる 仙境へ
 世界に影を置いたまま
…もう幾とせも昔
by Hanna
 


         楽園獣の墜落
(なにが狂ったのか 打上花火
突然 真っ赤な口をあけた獣となり
一瞬嗤って 闇に消えた――)

幼い私とともに時を越えてきた
古い木の犬の目が欠けたのは
十九年目のクリスマスのこと

いつものようにツリーには銀モール
いつものようにとりどりのガラス玉

幼い私とともに夢をわたってきた
古い木の犬の脚がもげたのは
十九年目のクリスマスのこと

そしてすべての音楽は鳴りやんだ
クリスマス・ライトは赤も黄も青も
くろく こげついて寒い風にゆれている
やがてその風も凪いで
銀の帆は力なく うなだれる

クリスマス・ライトが流れ星のように
うつっては消えていたブラインドの向こう
まやかしの楽園獣が一匹
こちらを向いて嗤っている

ああ 聖なる楽の音は絶え
 とき
時間の歯車はきしきしとゆがみ始める
伝説は死んで
神々は世界の外へ去った
さみしい夜が来る

ああ安らぎは住処を追われ
賛美歌は針金に変わっていく
鏡の中で こちらを向いて嗤っているのは
かつての 楽園獣
故郷を追われたよこしまな放浪者

(なにが狂ったのか 私は机上から
       ハート
突然 真っ黒な心臓を投げつける
ガチャンとくだける音がして
はねかえる破片がつきささる)

(虚像から解かれた楽園獣
耳まで裂いた口で嗤いながら
凍てつく闇に出て行った――)




   *ヘルマン・ヘッセ「荒野のおおかみ」に
    寄せて。
by Hanna
 

§ ぼやけた春


         楽園の出口
いつまで 眠りつづけるの
無限琴のスケールのように
くり返し くり返し おまえの夢は
同じ節を もう一度

 ほら 見えるでしょう
 露のおりた 楽園の門が
 そして彼方へつづく白い白い道が

いつかは 目醒めるの
北の国にも春が訪れるように
くり返し くり返し わたしの夢は
星のように めぐるのに

 ああ 確かに見える
 黒々と 楽園の門が
 そして彼方へ続く寂しい寂しい道が

春が来るのは いや
目醒めるのは邪悪の者よ
  ともな
霜と共鳴る無限琴の唄にだけ
わたしの夢は在るのに

唄が終われば
夢も終わりよ

     まどろ
いつまで 睡眠みつづけるの
寄せ引く大海の波さえ
くり返し くり返せば いつかは
白い渚を 変えるもの

 ほら 見えるでしょう
 開け放たれた 楽園の門が
 そしてはるかに続く おまえの道が

 ああ 確かに見える
 けれどもあれは 追放の門
            さすらい
 そしてたどりゆくのは流浪の道よ

目醒めるのは いや
それでも気づいてしまった楽園のからくりを
もはやどうすることもできない できはしない
わたしの夢の楽園よ

夢が終われば
いのち
生命も 終わりよ

無限琴の弦が
一本ずつ 切れてゆく

そしてわたしは 歩き出す
by Hanna
 


         沈む勇者オリオン
こよいのみかづきは
ぶうめらん
のようだ

いやにゆがんで太くて
おまけにまん中で くっきりと折れている
      いくえ
それがまた 幾重にもぶれて
やたらと笑いころげているような

こよいのほしぼしは
ほたるび
のようだ

いやに大きくぼやけて
かと思うと 小さな気流にふらついている

それがまた 春のはじめで
星座も何も ただ勝手にばらまいたような

しずむ・おりおん
しずむ・ゆうしゃ・おりおん

こよいのぼくもまた
ゆうれい
のようだ
 
いやにつかれてかなしくて
しかもへりくつばかり こねている
 
それがまた わかっているので
むやみにこころがいらだってくるような
 
しずむ・おりおん
しずむ・ゆうしゃ・おりおん
by Hanna
 


           春の日なが
ながい休暇のほしくなる、
春の日なが。
日なたのながくやわらかな影。
幾度も去った盲いた季節を供養しに
わたしは外をあるく。

今年も裏切らず咲いているね、
たがわぬ小さき花々。
しげる草むらの緑。
変わらぬなつかしい友よ。

 それなのになぜこの胸はいたむのだろう
 これほどぽっかりと欠落したものは
 何も知らなかった頃のあのあこがれ

ながの休暇が欲しくなる、
春のたそがれ。
日なたに淡くしのびよる薄闇。
顔そむけつづけた季節季節に赦しを請うて
わたしはじっとたたずむ。

今年もやはり過ぎてゆくね、
たがわぬ小さな春の日。
         ちか
まためぐる確かな約いをのこして。
ゆるぎないいとしい友よ。
          ひと
 そんなふうになぜ人間は生きられぬのだろう
 あれほど安らぎに満ちていた頃さえ
 何かに追われていた記憶が消えない

永遠の休暇が欲しくなる、
いつもの春。
やがてくる次の喪失の予兆にふるえながら。
しみいるほど誠実な季節たちに挨拶をして
わたしは風に吹かれる。
by Hanna
 


         だれか呼びましたか
だれか呼びましたか
霧のむこうから
     くらし
たいくつな生活のひととき
たしかにだれか呼んだよ
 x  y がこんがらかって
あわててあちこち見回したけれど
にどと呼ばれなかったよ

 つりがね草の鐘がちりんと鳴って
 つゆがぽたりと落ちました
 そんな気がして

だれか呼びましたか
ドアの向こうから
すわったまま午睡のひととき
たしかにだれか呼んだよ

 どろ土の水たまりが
 見えない流れにすっとすわれて消えた
 そんな気がして

 x  y がおどりだして
だれかがドアをあけて出て行きました
残ったのはうつろながらくたばかり
by Hanna
 


       戯画的な朝の風景
今日も 世界が明ける
最近とみに薄くなってしまった
ふたつの小さなレンズの前に
町は かがやいている
最近やおら老けこんできた
おおきな太陽のもと

 人々は写真の中で動き回る
 星々は天に磔
 町はサイケなジグソーパズル
 一千億ものカケラが
 偶発的に組み合わされた塵の山

今日も 運命の指先が
興に任せて組みかえれば
一瞬のうちに崩れ落ちる
愛は カードの楼閣
あのビルはジョーカー?
誰かのハートがジャックされ

 春はパステル調の立体モザイク
 摩天楼は古ぼけたダイヤブロック
 恋はクロスワードパズル
 一千億もの情報が
 めったやたらにリンクしあった乱数表

キイ・ワードはゼリーのようなトロンプルイユ
by Hanna
 


           毒性の春
蝶 飛んで 春の木の葉 舞い落ち
緑は ぬれている
風がやみ すべて静まりかえって
木々の息だけがきこえてくる

 酸素と蒸気で窒息しそうな
 原始の朝が
 陽射しを浴びて とけてゆく
      しじゅうから
遠くの一瞬 四十雀がさえずり
緑は もえあがる
風はやみ すべてはゆらめきかえって
草ののびあがる音だけが きこえてくる

 陽炎といっしょに 昇りそうな
 原始の朝が
 わたしの体温を ぐんぐん上げていく
  しじま
ああ静寂を乱す わずかな風に
わたしの熱は いなされて
そのままゆらりと 消えてゆきそう

まわりじゅうが すさまじく春だから
まわりじゅうが ものすごい静寂だから
原始の朝は とけてゆく

 草いきれに窒息して横たわる骸を
 しん しん しんと
 青い あお黒い空が 見おろしていた
by Hanna
 

§ 飽和した初夏


         閉塞する夢の窓
もうキョウチクトウが 花開く。
ねむった泉水のはたに ハルジョオンも
くるったように 咲いている。
        ゆうべ
 文字盤のなかに昨夜の酒が残っている。
 汗ばみ じっとりと午睡におちこむと
 光がこずえをぬい
 小鳥のように とびあるく。

 わたしの瞳はゆがみ
 キョウチクトウの枝に鬼火がゆれる

もうアジサイが海を映している。
草いきればかりの 囲われた庭で
はるか頭上のこずえに波が渡る。

 柵に足をかけると ギイギイと警報が鳴りさわぐ。
 まやかしの松明におどされて
 花たちはかたまって
 そしらぬ顔で だまりこむ。

 わたしの瞳はゆがみ
  も  じ  ば  ん
 盲目の時の番人が夢をとじこめる
by Hanna
 


       泰山木の花 開いても
泰山木の花 開いても
僕の心は 閉ざされる
吹きすぎてゆく風は
つめたすぎ いや 熱すぎて
泰山木の花は
高い梢で とどかない
気高いかおりは とどかない
近づいてくる夏の気配に
僕は荒野へ旅立つだろう
飽和した都会に背を向けて

泰山木の花 開くのを
ひたすら待っていた けだるい春は
僕の心に深く巣食った
病魔のように 白蟻のように
泰山木の花は
高い梢で 天を向く
気高いかおりは 天上へ
遠のいてゆく夢の潮路を
僕は駆け足で追ってゆく
     いま
飽和した現在に背を向けて
by Hanna
 


         見えない海
丘をのぼりつめてふり返っても
あの海へは もうかえれない
発電所の塔 立ちならぶ
岸べ 見おろしていても
 とき
時間は ながれ去り
魔法の潮から歌が消えた
いつものように夏が来ても
踊る夜ふけは もうあるまい

 黒いビニールばりの椅子
 ──スプリングはつぶれている
 まといつく ねばねばした霧雨

 赤いヘルメットの狂信者
 ──白衣を着て行進する
 タイサンボクの花の下

 黒ぬりの長方形の車
 ──赤いサイレンに金網の窓
 走り出る武装警官

時間は ながれ去り
虹色薄織にしみがつく
いつものように夜が来ても
夢も 眠りもおとずれぬ

 しみがついた
 しがみついた
 しにがみついた

丘をのぼりつめ ふり返っても
あのやさしい海はもう見えない
時ならぬ灰色のもやがすっかり
岸べ 隠してしまった

  鎖でつるされた灯り
 ──背より高く咲きあがくアジサイ
 苔むした露台で演説する
 ──狂った政治屋ロメオ
 ぐらぐら風に傾くベニヤ板
 ──際限なき拡声器のヒステリイ

 あの海へは かえれない
 かえれない かえれない
 僕の瞳にいつの間にか

  染みがついた
  しがみついた
  死神ついた




   *大学構内の点描。
by Hanna
 


          転落の空想
 …今となっては もはや
 何かするには遅すぎる
 崩れたゼリーのように
 だらしない 色とりどりの 僕の残骸

むかし そぼ降る初夏の日に
けむっていた灰色の港の方へ
歌よりもせつなく 雨よりもまっすぐに
想いを送り続けていた僕は
寂しい丘に 草の香に酔って寝ころびながら
転落の空想に笑っている
   ひ と り
僕は一人間に成りはてた
時間の渦巻く虚空を墜ちて
冷たい海に沈むまでに

 …今になっても もう
 何かするにも遅すぎる

むかし そぼ降る初夏の夕べ
たそがれる灰色の港の方へ
瞳でもって雄弁に  鳥たちのごとく頻繁に
憧れを送り続けていた僕は
冷たい海に身をまかせて漂いながら
転落の運命を呑みこんでいく
   ひ と り
僕は一人間であり続けた
        たわごと
過去からずっと 虚言だった
灰色の港への道など

 …いつになっても もう
 何をするにも遅すぎる
 永遠に遅すぎる歯車のうえを
 僕は 転落の空想をくちびるにのせあやしながら

 過去からずっと未来永劫
 「今となっては もう
 何をするにも遅すぎる」

けれど/それに 結局
僕は海に居るではないか?いつもいつも未来永劫
by Hanna
 


       赤い夾竹桃によせて
信じていたものは
遠くゆれている港の灯
木蔭に飛ぶ形なき翼
空を流れるはかない雲たち

 まばたきひとつで魔法のように消えると
 まだ知らなかったころ
 無造作にそれら夢どもを
 もてあそびながら笑っていた

めざしていたものは
水平線を越えた向こう
成層圏を脱した果ての果て
光と闇とが結ばれる至福の地

  ふり返れば蜃気楼のように消えると
  まだ知らなかったころ
  無謀なそこへの旅に
  ふらり乗りだそうとしていた

今 夜が来て
ちいさく咲くのは赤い夾竹桃
ああ 夏がすぐそこに
もう届かなくなった
あふれんばかりの夢かかえて

信じていたものは
海の青さと風の自由
輪廻断ち切る呪文も知らぬままに

信じていたものは
        そら
星の光と拡がる宇宙
 とき
時間の川渡る舟もないままに

今 夜が来て
ちいさく咲くのは赤い夾竹桃
by Hanna
 


        スイッチボックス
一音ずつ下りていく悲しいアルペジオ
川は 川は 川は海まで

水気を失い 焼かれて
はるか高みから力なく落ちるのは
あの泰山木の花びらか 僕のうろこか
じっとり汗ばんだ陽炎の中で
ぐるぐるとめぐる 世界の様相

息切れしながらも際限なく続くアルペジオ
今日は 今日は 今日は明日まで

今を失い 存在を却下されて
はるか神経の末端から力なく消えるのは
あの過去の日の思いか 来世の兆しか
ひんやり手足の重い寝床の中で
ぶんぶんと歌う 氷山の送風機

 だれか スイッチを

一音ずつ下りていく短調のアルペジオ
際限なくきしむ象牙色のキイ
はりつめた筋肉がジャイロスコープのように
いったい だれが スイッチを

理由を失い いなされて まどろ
はるか昔からただ横たわり微睡むのは
羊水の中のこの星か 僕の大脳か
どちらもよく似た もつれ糸のかたまり
ころころほどけながら 魔境へと

 うまい スイッチは
 切――――――――

 れた。

 ホントの夢が羽ばたくとき。
 笑っておくれ さあ!
 カイ―――――――

 ホウ。

 Ho!
by Hanna
 

§ 眠れぬ夏


          こわい町
静かな住宅街のアスファルトに
白い漆喰と 照りかえる陽と
私はなぜか足早に
ふり返りふり返り歩いている

 なんだかこわい
 この平和な道がこわい
 あそこに隠れているのはだれ?
 灰色の電柱のかげに

ドアをしめて
鍵をしっかりかけて歩きだす
それなのに 家はふらりと揺れて
ふり向くと消えている

 なんだかこわい
 急に色づく周りのすべて
 色メガネの町角
 ブロック塀の向こうに速まる足音

 な…だか…わ…い
 この平和な年月がこわい
 あそこでひそひそ話をしているのはだれ?
 青ざめた電柱の影で
 逆襲の相談をしている声がする
by Hanna
 


       それさえも いまは
バロメータの針がもどり始めると
虫たちも隠れがから出てくる
嵐のあと
海は まだ顔いろも悪く
たなびく雲の背景で空は緑にしずむ

 夜になれば虫がうたい うたい
 悲しげな雉鳩のような貨物列車が往く
 それさえも いまは
 とおい 寝苦しい夢のなか

バロメータの針が上がりきれば
鳥たちも梢を渡りだす
嵐のあと
空は 一層ぶん透明になって
旅立つ雲の背景は高い高い天だ

 街道ぞいに響いてくる祭ばやしが
 ジェット機の爆音に消されてはまたもどる
 それさえも いまは
 とおい 届かない絵の向こうがわ
                    むくろ
 静かに実を熟しながら息絶える夏草たちの骸を
 港まではこぶ そよ風
 それさえも いまは
 とおい 別の次元に吹いている

バロメータに羅針、緑青のふいた錨もつけて
夏の葬送船がわたしの胸の港から出てゆく
嵐のあと
凪いだ銀色の海を西へ、西へ西へ…

 それさえも いまは
 もう彼方 帆影も見えぬ
 眠りのとおい とおい夜が来る
by Hanna
 

§ 宙ぶらりんの秋


          窓辺の秋
教室の窓の風景は
だんだん透明になっていく
黄ばみ始めたポプラ
雲の切れ目からのぞく青空
鳥が過ぎ
あたりはしいんとからっぽになる

 ときにぱらりと雨が来て
 柳の枝をつたい落ちれば
 アイスクリームのようにしめった地面から
 秋は
 そっと
 呼吸し始めた

心の窓の風景も
だんだん透明になっていく
すこし黄ばんだ恋
人恋しさからのぞく青い海
夏が過ぎ
わたしはしいんとからっぽになる

 ときに未練な沈黙が汗をかき
 グラスの外壁をつたい落ちては
 テーブルに残るしめった思い出から
 秋は
 そっと
 育ち始めた

熟して
やがてはじけて
いたづらに霧散する心を
今からいたわりながら
by Hanna
 


          忘却の季節
              な
たなびく赤い雲 コロギスの哭き声
つゆがおりるよ、丘の上にね
月は無い
ジュピター光る

ああ、オレはうたた寝でだれかに会ったよ
古い時間を越えてやってきただれかにさ

名残りのクーラー ふるえる夜の歌
死んだ? みんな死んだよ
きれいなセミたちはみんな死んだ

ああ、オレは風の中でだれかに会ったよ
遠い流れのかなたでむかし会っただれかにさ

 オレの頭蓋から流れ出す思考を
 どうかとめてくれ あふれてゆく
 とめてくれ
 蒸発してゆく とめてくれ

ああ、夢の中で会ったアイツは誰だ
たしかについこの間まで知っていたその名が
どうしても見つからない

 オレの頭蓋から流れ出す思考を
 とめてくれ
 どうか どうか
 とめてくれ
by Hanna
 


          夢のおわり
去ってしまった秋の日と
 来忘れている冬とのあいだで
宙づりになって 目ざめる邪悪
星々の光をもみ消した タバコのように

夢のおわり いばら姫は
がんじがらめの 塔の中
鳥を恋して焦がれて死ぬる

 いつまでも待ち続けていることなど
 できぬもの

燃えつきたあかりと
 まだ来ぬ夜明けのあいだで
          とこやみ
宙づりになり 広がる常闇
星々の光をぬりつぶす 墨汁のように

夢のおわり オシアンは
彼方のくにから戻りはしない
海を恋して焦がれて死ぬる

 いつまでも夢見続けていることなど
 できぬもの
  ドリームタイム
 夢幻時代は終わる
 身にしむ雨が浜に降る




     *オシアン・・・アイルランドの伝説に
      出てくる人物。西の海の彼方の楽園に
      行き、数百年のちに再びアイルランド
      に戻ってくる。
by Hanna
 


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