雨中遊影


           冬の雨が降る
冬の雨が降る
霧のなか バスは走り
わたしを魔法の国に連れてゆく
ぬれてほころぶサザンカ
いつしかくもる窓ガラス
赤茶けた桜並木は
雨に負けじと葉を降らせ

 人々の声は遠ざかり
 雨つぶだけがぬれた心にひびく
 霧と雨と落ち葉のうずの中へ
 わたしを乗せて バスはゆく

冬の雨が降る
いったいだれのために
いったいなんのために

 人々の声は消えうせ
 雨つぶだけが赤茶けずぶぬれて大音響で
 いったい ダ・レ・ノ・タ・メ・ニ!
 いったい ナ・ン・ノ・タ・メ・ニ!
by Hanna
 


          冬のおわり
雨の日はさみしい砂利が
霧をふくんで黒くひかっている
いつもより低く行く飛行機の音が
遠く噴火のように頭蓋にひびいてくる
冬の おわり
この世の春はまだ息をひそめ
            うたげ
天上からは騒々しいほどの宴が
きこえてくる

この世の春は死に絶えてしまい
天上からは魔法のように甘い調べが
きこえてくる

雨の日は丈高い木々が
霧をまとってふらふら揺れている
いつもより重く流れる足もとの風が
地面の下のおそれの予言をつぶやいている
時代の おわり
この世の春はもう長らく来ない
天上からはけたたましいまでの哄笑が
きこえてくる
by Hanna
 


         雨の日の
雨の日の 電話ボックスの中ほど
ひそやかで湿った空間はなかろうと思う
まわりじゅう つたい落ちてゆくしずくに
街角はゆがみ 街灯は花と開く
往きかうエンジンはかすかな叫びとなる

 わたしの周りをつたいゆく雨よ
 さながら天の愛撫のように
 いくどもたえず洗い落としてゆく
 記憶という記憶を

雨の日の かなしげなピアノのワルツほど
しめやかで息ぐるしい歌はなかろうと思う
窓辺の雨粒と合わせ ころがりゆく音色に
            お
静寂はふくれ 世界は白く圧される
次第に雨音はいそぎ風のように去ってゆく

 わたしの景色をぬりこめてゆく雨よ
        おいはぎ
 さながら白い追剥のごとく
 ふりかえりもせずそそくさと逃げてゆく
 世界中の視界から

雨の日の 雨の来る彼方の天ほど
におやかであたたかな空はなかろうと思う
どこから注ぐのか その源のもやにとざされた奥に
あおぐわたしの吐息は とどくだろうか
            らせん
つのる憧れの思いは無限螺旋となって昇る

 わたしの髪をぬらす幾千の雨よ
 さながらしたたる甘露にも似て
 かおりたかいうずきの足跡をのこしていく
 星のつまったわたしの頭に
by Hanna
 


          雨の小道
あまつぶにゆれる小枝のアーチをぬけて
坂道を下れば
金網にからまるすいかずらの
甘くはかないかおり

 どこまでつづくの雨の坂道
 あたりは水音のほか静まりかえって
 ひと足ずつふみしめふみしめてゆけば

 いつか霧の港に着くかしら
 ラララ 花咲く青い波止場に

あまだれしたたる生け垣のあいだを
うねうねとたどれば
重なりあう葉かげからのぞく
にじ色のあじさい

 どこまでつづくの雨の小道
 あたりはきよらに青くぬれて
 ひとり息ひそめたどりゆけば

 いつか霧の向こうに着くかしら
 ラララ 花咲く青い庭に

 はるかにつづけ雨の旅路よ
 このまま水をふくんだ大気を
 ひとり胸にみたしてどこまでもゆけば

 いつかわたしという存在もとけはてて
 ラララ ひと房のすいかずらに
 ラララ ひと玉のあじさいになれかしと
by Hanna
 


          夢 の 海
風に鳴る夜の木々は
枕辺に波音と響き
わたしは
切ない気分で夢の海に手をさしのべる

 こんなこんな世にも
 まだ執着はあるかしら

夢の中だけで見える
あの彼方の島影は
わたしの
憧れに満ちた心をそっと引きずる

 それでもそんな時にも
 まだ名残り惜しいかしら

そんなことは多分なくて
ただわたしの足がとても重いせいだ
そして翼がないからだ
あるいは 降りこめるこの雨のせい

 こんなこんな世でも
 最後まで見たいと

雨はそんな気にさせる
わたしを待っている船も
ただ笑っている静かに憩っている

 こうしてこのようにして
 あの一瞬をのがした

 遠い日のような気がするし

 いまこの時のようでもある

こうして幾兆という瞬間をのがしてゆく
死すべきあわれなわたし

風の夜の木々のざわめきは
枕辺に帆のはためきと聞こえ
わたしは
切ない気分で夢の海に手をさしのべる
by Hanna
 


          浜まで下る
雨、降りつづく
在るべきところを知らず
いのち
生命は 小石のように砕け散る
ラッシュアワーにドーナツ化現象

 木の葉の一枚一枚に
 それきりのまぼろし 映って
 それを 調べて 調べて 調べて…
 世は終わる

夏、おとずれようとせず
老いることを知らず

思いの数々は 波のように砕け散る
心象界にスプロール化現象

 雨粒 ひとつひとつに
 それきりのまぼろし ふくんで
 それを 数えて 数えて 数えて…
 夜はふける

こちらはアカマツ
あちらはクロマツ
わたしゃ船待つ人の子よ
   さかて
渡しゃ酒代をはずみましょ
渡しや 逆波 瀬戸こえて
by Hanna
 


          解放の雨
たたきつける雨の音
廊下の窓から 庭の窓から
細いひややかな風が
ひゅるひゅると蛇のように
袖口へ入ってくる

たたきつける雨の音
天井に 壁にガラスに
私は卵の中に閉じこもり
反響する雨を聴いている
           ト キ
メザメヨ 今ヤ解放ノ刻限

たたきつける雨の音
私の上から下から 右も左も
力任せにたたきつける雨また雨

 それでも私は迷っている
 卵は白く不透明だ
 いつからここにいるのか
 その前は何だったのか
 まるで記憶はないのだけれど

たたきつける雨の音
だんだん速くなる
蛇の風が私をくすぐる
しのびこんだ笑いのように

たたきつける雨の音
耳の中で鳴っている
私の奥の鼓動が
それに合わせて揺れ始めている
メザメヨ 今ヤ自由ノ刻限
メザメヨ 今ヤ始マリノ刻限

たたきつける雨の音
私の中の雨の音
つよく、つよく、つよく!

そして、ついに
ビッグバン

そして、ついに
創世者である私が居た

私の胸から無数の星が
私の目からまばゆい光が
宇宙は私 解放の雨
ぬれた髪は 銀河に
by Hanna
 


         嵐の晩に
はげしく首を振る木々と
ガラス窓の間に介在するなにかが
こんなに魂を しみいるようにゆさぶるのはなぜ
ばらばらと雨は窓をたたき
きらきらと光りながら流れている

 あとから あとから ひっきりなしに
 涙のように雨が流れる
 そのむこう 夜の嵐の闇の中に
 とけていく 町あかり

ゆがんで笑っている街灯と
ガラス窓に吹きつける疾風とにのせなにかが
こんなに魂を くるしいほど呼んでいるのはなぜ
ゆらゆらと夜は波うち
ごうごうとガラスは風に反りかえる

 なにか焦げつくようなむかしの匂いが
 まといついて離れないのはなぜ
 雨が音高く せきたてるように降り続くのはなぜ

 なにを待つの なにが起こるの
 はげしく 狂ったように荒れすさぶ雨
 矢のように 窓ガラスを打つ
 幾千もの宝石のようにきらめきながら
 滝のごとく流れる

遠く山のむこうで雷がとどろけば
もどかしく せつなげに 雨はノックをつづける

 なにを待つの なにが起こるの
 今宵 この雨の中で
 なにがはばたいて くびきをたちきるの

 私はそれらとともに
 多分 飛びたってゆきたい
 嵐をついて
 多分 海まで
by Hanna
 

          しゅう  う
          驟 雨
波うつ雨が走る
屋根やねを
竹やぶを。
ローラーのように天をのしていく、
底ぶかい雷神のマントのように。
白くなる。
視界いちめん
白くなる。
港も町も塗りこめられれば
坂の上
なにか目に見えぬものが自由になり
天に向かっていつまでも哄笑する。
by Hanna
 


       雨からの幻想 2
夏の終わりの雨が降る
ごうごうと とどろくように降る
景色をとかし 白くぬりこめて
ただ ごうごうと降る

昼間から 白いやみが覆い
ごうごうと 雨は降る
私の部屋の 海を見おろすガラス窓を
乱暴に 叩きつづける

もちろん海などもう見えない
町も 坂道も
木立ちだけが 黒いシルエットとなって
それも消えいりそうな
今日こそは 特別の日だ

 とどろく雨の彼方から
 ホラ 近づいてくる 銅鑼のようなひびき
 巨大な翼のおこす旋風
      せんど
雨が ここを先途と
私のガラス窓をノックする
私のなかのなにかが
それに応えて 目をさます

 とどろく雨の彼方から
 ホラ やってきた! 私を迎えに
 巨大な戦いの竜が

私は一瞬もためらわない
ゼリーのようになったガラス窓を
ぐいと両手でかきわけて
すさまじい鼻嵐をふく
ルビーの目をした竜にまたがる

 とどろく雨の彼方へ
 このまっ白なやみをぬけて
 巨大な竜の背に乗り
 私は出かける
by Hanna
 


    秋雨降れば――プラットフォームにて
衣替えの翌日の、
紺の制服、青い傘、
ふみしめる敷石を ついてゆく、
かそけき雨の足音

 にび色のベンツが通り過ぎ
 湿気た金木犀の爛熟の香り

タンタ タン テン
トタンの天井を叩く音、
かすめてゆく快速列車がわずかに風を起こす、
眠たき町に秋雨降れば、

 松の根方の茸は伸びて
 遠い海辺の夢を見る
by Hanna
 


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