WESTWARD NOSTALGIA


 海に行こう、海に! 白い鷗が叫び鳴く
 風が吹く。白い水沫がとぶ。
 西に、果遠く、丸い没日が沈む。
 船よ、灰色の船よ、あの呼び声を聞いたか?
 私以前に立ち去って行った同胞の声を?
 私も去ろう。立ち去っていこう、私を育てた森を。
 ……
 大海原をただひとり渡って行こう。
 ……
         ――『王の帰還』よりレゴラスの歌



        春一番の吹く頃に
みぞれまじりの町に
冬はいつまで居すわるのだろう
雲が切れ目なく覆う空に
帰れない旅鳥たちがぱらぱらと飛んでいる

 春一番が吹く頃には
 港は船でにぎわうだろう。
 北へ帰る船、南へ下る船、
 東へいそぐ船。
 そしてわたしの乗るのはきっと 西行きの船

つめたい夜のあらしに
木々はまた白くこうべを垂れる
のぼったはずの春の星々も
すっかり隠されて一度も姿を見せない

 春一番が吹く頃に
 この町を出て行くから
 整理した机、買いこんだ燃料、
 探し出した古い海図。
 そしてわたしの乗船を待つ 西行きの船

春一番の東風が吹けば
船はすぐさま港をはなれ
はるか西海へ逃避行。

春一番の強い風を受けて
船はすぐさま潮流に乗り
昔の人々のあとを追って
かなた さいはての あの国へ。
by Hanna
 


          西海帰向
三日月がゆりかごのように
ゆくてに沈んでいくと
凪いだ風に 波もしずか

 星たちのめぐる
 この世は夢灯籠よ
 その中を西へ向けて
 船出してゆく わたしの船

三日月が案内人のように
ゆくてに沈んでいくと
暮れゆく空に 雲はながれ

 大空のめぐる
 この世は回転木馬よ
 その中を西へ向けて
 旅してゆく わたしの船

 めぐる星たちにひかれ
 旅してゆく わたしの船
by Hanna
 


         春海幻想
たそがれが 雲で波立つ
ほどけた光が重なりあっているから
海も春いろに ふやけている
はかなげに 港の蝙蝠
丘の上では大輪の芥子が におっている

唄が
海底でうまれている感じがする
ガラスにうつる僕は
船をしたてる夢を見る

こころがぼうっと溶け出して
草の生えた地面に寝ている宵
課題とレポートを地下室にしまって
混沌の海でねむる
金の月光の下

西の海がなにやら
あまやかに 唄っているから

白いみなわをまとい
海豚が むかえにきたから

僕は船で漕ぎ出す夢を見る

月はゆれている
ぶらんこのように ゆれている

港町は星月夜
by Hanna
 


        海鳴りの丘
幾とせも前の夢が また
うすずみ色の夜明けに 逃げていった
はかりしれぬ心いだいて
うつろな丘に ねそべれば

胸の下から続く坂道のはてに
彼方から おとなう黒い海がある
彼方へと 引きずる巨きな波がある

 過ぎた夏 過ぎた秋 こずえの鳥の歌までも
 いま 波のとどろきによみがえり
 うつろな丘を こだまで満たす

 海鳴りが胸の中へ響き
 わたしと丘と海とは一つになって
 どくどく鳴る血潮が
 失われた彼岸まで わたしを運ぶだろう

幾とせも前の幻が また
うすずみ色の夜明けに 眠りにつく
海と共鳴る心いだいて
うつろな丘に ねそべれば
by Hanna
 


   魔法の半月の宵 〜A Magical Half-Moon
 花が咲き
 花が散り
 だれもそのわけを しらない
 しらない

 川がながれ
 波うちよせる
 なにかに ひかれ
 なにかに ひかれ
 と き
時間のめぐる 歯ぐるまを
まわしているのは だれ?
たえまなく雨を
たえまなく風を
はこんでくるのは だれ?

いつの日も こころを
海の彼方で呼ぶのは だれ?
港をはなれた夢の船を
彼方でひきよせるのは だれ?
     ハーフムーン
ああ 魔法の半月の宵
だれかが だれかが 呼んでいる

 花が咲き
 花が散り
 町がおこり
 町がほろび
 星がうまれ
 星がくだけ
 だれもそのわけを しらない
 しらない

…それを さがしにゆくの
…さがす者は 何かにひかれてゆくの

港をはなれた夢の船を
だれかが だれかが 呼んでいる
深く遠い わだつみの彼方で
         ハーフムーン
ああ 今宵は魔法の半月
by Hanna
 


    バラの墓標 (The Tall Ships Go Away)
晴れ渡り とおく見える海に
背高い船 あとを曳き 出ていく
見送るおまえは しずかな憩いの丘の上

 ああ鳥啼き 風はとおりすぎてゆく
 ひとけない 丘のうえに満開の
 バラの墓標

晴れ渡り 頭上きらめく星に
背高い船 ひかり受け 出ていく
見送るおまえは しずかな憩いの土の中

 ああ鳥去り 風はむせびないてゆく
 白銀のつゆかかる 丘のうえで満開の
 バラの墓標
by Hanna
 


         川のべの墓処
昼の明かりも消えぬころ
僕は眠らず夢を見る
       しじま
鼓膜に痛いこの沈黙
誰かの名前を呼び乍ら

 僕のうえに花は咲き
 僕のうえで花は枯れる
 遠い記憶の川の果て
 笑って駆けるものがいる

さらさらと渡る風が
雲を呼び、雨を呼び、嵐を呼ぶ

石と見まごう景色さえ
僕は眠らずなつかしむ
からだに重いこの沈黙
誰かの名前をきざみつつ…

 僕のうえに鳥は飛び
 僕のうえで鳥は撃たれる
 はるか記憶の川の果て
 とどろきさそうものがある

びゅうびゅうとすさぶ風が
雲を追い、光 もたらし、船 帆走らす

 僕のうえに草はのび
 僕のうえで鳥は死ぬ
 かなたに沈む川の果て
 君を思いて 船を出す

 ああ
 土をぬけだし 船を出す
by Hanna
 


         化石の竜
めぐみ ということならば
僕は黄金の陽をあびて
遠い港を見おろしている

 出航はいつも 永遠のあした
 ホイップクリームのような
 甘いにおいの雲

めぐみ ということならば
僕は高台の草に寝て
     よ
はるかな代を夢みている 

 目ざめはいつも 永遠のあした
 どんな色ともちがう
 空の青

天上でさえずるのは ちいさな翼
けれども 僕は この沈黙の高みから
下界のゆくえを見守る
大地にいだかれ
果てることのない潮騒を聞きながら

めぐみ ということならば
僕は祝福されて 眠る
 とき
時間が嵐のように過ぎ去っていっても

by Hanna
 


      WESTWARD, HO!  2
快適な流行歌に浮かびながら
このまま 天まで昇ろうか
ぷっくり ふくれた 月の下がる
あの空の一角へ たどり着けるか?

 それでは行こうか Westward, Ho!
 それは天上への道よ
 世が世ならぬ不思議な今宵は
 離脱 解脱 超脱 地獄
 ごらんよ 波間がしろく光る

陽気なオールディーズに漂いながら
このまま 果てまで旅しよか
どっぷり 暮れた 街の外壁
高速ジェットで つき破れるだろ?

 それでは行こうよ Westward, Ho!
 それは楽土への道よ
 夜が夜ならぬ狂気のなれの果ては
 脱獄 脱出 脱走 地獄
 ごらんよ 波頭がしろく光る

 それでは行こう、西へ! 西へ! 西へ!
 西には安息と平安とがある
 それでは行こう、西へ! 西へ! 楽園へ。
 天とつながる西方世界。
 Westward, Ho!
 すすめ へさきを高くあげ、
 すすめ 頭を高くあげ。




  *Westward, Ho …「ほーい、西ゆき」はもともと
   船乗りの掛け声らしい。キングスレーの小説の
   タイトルでもあり、その舞台に近いイギリスの
   海岸町の名前にもなっているそうだ。
by Hanna
 


          宵闇坂道
電灯の光をあびるネコの彫像
緑の目に町の灯をうつし
        とき
影従えて変身の刻限を待つ

夜どおし電灯のもとでうたい
ばたばたと死に急ぐ真夏のセミたち
深いやみに打ち上げられる花火も知らず

 見下ろせば
 とおく踏切の音が
 ものがなしい夏の坂道

 目もくらむ
 とおく繁華街のあかりが
 ものがなしい夏の宵闇

HA ・ KA ・ NA ・ KU ・ TE ・・・

おお きらめきゆれる町の向こう
やみに沈む海よ
今宵 連れ出しておくれ
この小さな魂の生まれた
西の果てへ

 ふりむけば
 ネコの影はいつしか
 セミをくわえ走り去る

 背後で
 とつぜん広がる気のする
 暗黒の水平線

おお 光も届かぬ暗き海よ
太初の闇のふところよ
今宵 魂を導きたまえ
このかなしさの消える
はるかな西の果てへ
by Hanna
 


        今年も 夏が
灰色港に灯りがともり始めると
あかね色の長く曳いた雲の下
夏が 忘却の淵にゆっくりと沈んでゆく
黒々と 木立ちは闇をいだき
夜の虫すだく草むらと 秘密の合図をとりかわす
誰かの悪夢のようだと言いながら
蝉は力つき天をあおいで絶命する
今年も 出てゆく船を見送りながら
まだこの岸辺にいて まどろみ続ける
切々と 心にしみる 虫の声

港よ 灰色の霧に包まれて
         みなそこ
今年も 夏が 深い水底に沈んでゆく
港よ 見下ろすわたしの
想い はるか夏と共に積んで
船を送り出せ あかね雲の
長く長く曳いた彼方まで
切々と 哀歌かなでる 虫たちよ
by Hanna
 


         サヴィンヌの祭り
        ツノ
今宵は不思議な角の月
青く野ずえがもえる晩
鳥も胡蝶も息ひそめ
並より大きな星を観る

 サヴィンヌの夜に行く者を
 とめられはせぬ とめはせぬ
 赤くもえたつ火柱から
 野原の青いあやし火へ
 そうして向こうの丘越えて
       タマ
今宵は火祭り 霊ばらい
赤く浄火がゆれる晩
老いも若きも仮装して
我を忘れて踊るとき

 サヴィンヌの夜に行く者を
 とめられはせぬ とめはせぬ
 はげしく回る踊りの輪から
 いつしか誰か欠けたとて
    ね
 楽の音は続く 夜明けまで

今宵は不思議の角の月
百鬼夜行のサヴィンヌの夜
by Hanna
 


        さみしい季節の前に
真昼の降誕祭の窓辺に
誘われてくるのは金色のアブたち
世界がまわるのを
ガラス玉の中に確かめに

 さみしい季節の前に
 樹々はうつくしく彩りを改める
 丘の下にひびく
 予兆の波を聞きながら

真昼の色褪せた星座盤に
うつっている影の落ちた静かな部屋
時がこごるのを
天の白地図に記しながら

 さみしい季節の前に
 樹々はうつくしく染め抜かれる
 丘の下にひびく
 先触れの波を聞きながら

日射しの中の聖夜祭に
太古の昔からうたいつづける
波のノエルを聞こう
鼓動に合わせ呼びつづける
       ね
海の底の鐘の音を聞こう

 さみしい季節を前に
    よ
 海は喚ぶ 海は喚ぶ
 Ding Dong
 波の歌 めぐる世々
by Hanna
 


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