おばけ雨雲あまぐもアマグモン

           <1>



♪白いドレスに くびかざり

 赤いリボンの おひめさま

 お空のくにの おひめさま


               がようし 
 たえちゃんは、うたいながら画用紙に絵をかいていま
                    いろ
した。ようちえんでもらった、だいすきな色えんぴつで、

きれいにぬって、できあがり。

「ママ、見て。たえちゃん、おひめさまよ」

 でもママは、せんたくきのまえでいそがしくしていま

した。

「ちゃんと見てったらー」

たえちゃんは、ママのそばへはしって行きました。

 でも、

「どいて、どいて」

と、ママはせんたくものをいっぱいかかえて、ベランダ

の方へ、どかどかといっちゃうんです。

「ちぇっ」

たえちゃんは、せんたくきをにらみました。
  くも
 雲みたいにもりあがった白いあわが、ぶおーっとまわ

っています。たえちゃんはいすにもどって、おひめさま

をかいたページをぺりっとめくりました。

 ところが、がっかり。画用紙には、あたらしいページ
                    まえ
がありません。おひめさまのうらは、この前かいた、マ

マのにがお絵なので、白いページはもうのこっていない

のです。

「ママー。画用紙、おしまいだよお。あたらしいの、か

って…」

「あとで。おかいものにいったらねー」

ママのせなかがいいました。しゃかしゃか、両うでをう

ごかして、青いロープにパパのシャツをつるしています。
     ・ ・
「でも、いま絵をかいてんの! いま、いるのよう」

 でもママったら、しらんぷり。

「ふん」
                 だいし
 たえちゃんはしかたなく、画用紙の台紙のうらに、つ

ぎの絵をかくことにしました。でも台紙は、よごれたみ
            がみ
たいな、はい色のボール紙です。こんなきたない紙、や

だなあ。

 たえちゃんはぷりぷりして、うたいました。



♪ゲジゲジまゆげに ギョロ目玉

 はなひげ、あごひげ まっくろけ

 おばけ雨雲 アマグモン!



 すると、ベランダからもどってきたママが、

「やーねえ、たえちゃん。そんなきたないかお、かいて。

おふく、よごさないでよ」

と、まゆげのあいだにしわをよせて、いいました。

「だってっ! こんなはい色のところしか、かくばしょ

がないの!」

 ママはもう、つぎのせんたくものをもってベランダに

むかっていきましたが、   

「あらっ。雨がふってきたわ!」

と、さけびました。

 見ると、ボール紙色になった

空から、ぷつぷつ、ぽっつん、

雨がふりはじめたのです。ママ

は大いそぎで、ほしたばかりのシャツをとりいれはじめ

ました。

 絵なんか、もうやめ! たえちゃんはいすにうしろむ

きにのって、ドスコン、ドスコンとゆらしました。いつ
                   せん
のまにか、まどの外は、ザーッと、雨が線になってふっ

ています。

「やーねえ、アマグモン、そんなきたない色で」

 たえちゃんは雨ふりの空をにらんで、ママのまねをし

ました。すると、むくむく、むっくり! はい色の雲が

ふくらみます。

「ふーんだ、お空ももっと、よごしちゃえ!」

 ドスコン、ドスコン、いすをゆすると、もくもく、も

っくり! ボール紙色の雨雲は、せんたくきのあわのよ

うに、ふくれます。

「いやな雨雲、アマグモン!」

 ドスコン、ぐらり。あっ、おちる!
 

           <2>



 たえちゃんは、ドキンとからだがちぢまって、いすか

ら手をはなしてしまいました。

 ズボッ。

 あれっ?

 ゆかにドシンとおちるかとおもったのに、たえちゃん

は、じめじめ、もやもやしたはい色のあわの中に、なな

めにつっこんでいました。あわてて立とうとすると、

 ぴしゃっ!

つめたい水がかかり、おもわずくびをすくめてしまいま

した。

 もくもくもく、どぶどぶどぶ…

 はい色のものが、そこらじゅうにありました。たえちゃ

んが手足をばたばたさせても、どろんこにはまりこんだ

ように、ぜんぜんうごけません。

「やーん、これなに。出してよおー」

 はい色のそこなしぬまです。おまけにはい色の空から

雨つぶがおちてきます。いすも、まども、かべも、おう

ちもありません。みんな、むくむく、どろどろに、のみ

こまれてしまったのでしょうか。たえちゃんは、

「やーん、いやよう。うわーん」

と、あっぷあっぷ しながらさけびました。

              
      ・ ・
「なにっ、いやとな!? わしの

くにが、いやだといったな!」

と、とつぜん、ぐわんぐわんひ
         こえ
びく、ものすごい声がしました。

 はい色のどろどろが、たえちゃ

んの前でぶわっとふくれあがったとおもうと、おそろし

い大おばけのすがたとなったのです。雨雲のかたまりの

ような、ぶわぶわしたからだ。まっくろなひげにうまっ

たかお。ゲジゲジまゆげから雨がふりそそぎ、まっかな

目玉からは、いなづまがピリピリピリッと光っています。

おばけ雨雲アマグモンです!

「それに、わしのかおを、こんなにふうにまっくろ、ど

ろどろ、ゲジゲジにかいたのは、おまえだな!!」

 その声に、たえちゃんは、からだじゅうをぎゅーっと、

ねじってしぼられたような気がしました。

「いやな雨雲で、わるかったな! きたないボール紙色

で、わるかったな!」

 アマグモンはひげだらけの口をくわっとゆがめ、あわ

のかたまりのような雨雲をあちこちへふりとばしました。

「おまえも、どろどろにしてしまうぞお!!」

アマグモンは耳がヒリヒリするほど大きな声でわめいて、

ごごごーっと、たえちゃんにのしかかってきたのです。

 目の前がはい色にぬりつぶされます。たえちゃんは雨
    なみ
雲の大波にさらわれ、もみくちゃです。
            しかく
 と、そのとき、小さな四角いものが見えました。はい

色のあわにまみれた、はい色のボール紙。それは、アマ

グモンの絵をかいた、たえちゃんの画用紙でした。

 たえちゃんはとっさに、画用紙をつかみました。する

と、アマグモンの絵がくるっとうらがえり、白いさいご

のページにママのかおが見えました。

「あっ、ママ! ママーァ!」

 ひっしの声も、すぐにアマグモンの大あらしにかきけ

されてしまいます。ああ、もう…

 アマグモンのギョロ目からかみなりがとどろき、あた

りいちめん、はい色にあれくるいました。ああ、もう…

 たえちゃんの口に、もわもわした雨雲がかぶさってき

ます。目にも、しぶきがはいります。ああ、もう…
 

           <3>



 ぴゅーっ!

 そのとき、下の方から、ほそい、青いロープがとんで

きました。

「たえちゃん、ママよ!」

 ロープの上を、サーカスの人よりじょうずに、ママが

つなわたりをしてきました。

 ママは白いエプロンをひらひらさせながら、アマグモ

ンの前へくると、

「いいかげんにしなさい!!」

と、すごい声でどなりつけました。

「なんだとお! 雨雲にしずめてやるぞお」

「できるもんですかっ!」

 ママは、ぐんと両うでをのばして、たえちゃんをひっ

ぱりあげました。

「ママ!」

と、たえちゃんは、ロープにしがみつきます。それを見

とどけると、ママはアマグモンに、むきなおりました。

「どうしてこんなに、よごしたの!」

 はっ、とアマグモンは、どろどろ、ぶくぶくのからだ

を四角にしたようです。

「だってっ! こんなはい色のところしか、すむばしょ

がないんだもの!」

 たえちゃんは、あれえ? とおもいました。

 ママは、すこしやさしい声になって、

「だめねえ。こんなにひろいお空を、あなた、じぶんで

よごしちゃったんでしょう。それに、まず、かおや手を

きれいにしないとね」
           げんき
 アマグモンはきゅうに元気なくしぼんで、どろどろの

手でかおをかくしました。

 そこで、ママはロープの上にぴーんと立つと、声をは

りあげました。

「せんたく、はじめえ!!」

 すると、まあ! そこらじゅうのはい色どろどろが、

ぶおーっと、まわりだしたのです。

「せっけん、ようい、どん!」
               ゆき
 ママがどなると、パララ! 雪のようなこながふって

きて、ぷくぷく、あわだちます。

「な、なにをするんじゃーあ」

と、アマグモンは、なさけない

声を出しました。あわあわの、
はんぶん
半分ちぎれたひげをなびかせて、

大うずまきの中、ぐるぐるまわ

っています。

「たすけて、うおーおーいいぃぃぃ」

 声といっしょに、アマグモンはきゅーっとちぢんで、

ぷつぷつ、サワサワ、まっ白なあわにうもれてしまいま

した。
            しんぱい
 たえちゃんは、すこし心配になりました。

「ママ、アマグモン、だいじょうぶ?」
            ごうれい
 ママはにっこりして、号令をかけました。

「すすぎ、はじめえ!」

 しゅーっとあわが下へしずんできえ、かわりに、とう

めいな風がさーっとながれこみました。あたりはみるみ

る青く、あかるくなっていきます。青空です。それに、

白い雲。

 アマグモンは、どこへ行っちゃったのかな。

 ママがさいごの号令をかけました。

「だっすい!」

 すると、青空はくるくるまわり、白い雲が一つ、ふわ

っととんできました。おや、それはまっ白、ぴかぴかに

なったアマグモンです。

 ママは、エプロンのポケットからせんたくばさみを出

すと、しゃかしゃか、ぴん! アマグモンをロープにつ

るしてしまいました。



 と、おもったら、それはまっ白なパパのシャツになっ

ていました。

 なあんだ! たえちゃんは、ほっとしてわらいました。

「さあ、おかいものに行きましょう」

 たえちゃんはママと手をつないで、ロープからぽんと

とびおりました。そこは、すっかりはれたベランダ。ア

マグモン、いえ、パパのシャツは、ぴかぴか光っていま

した。



♪お日さま出れば アマグモン

 とってもいい子で まっ白よ

 お空でゆれる パパのシャツ



 たえちゃんは、うたいながらでかけました。



                     おわり

      (1996年4月『公明新聞』日曜版に連載)
by Hanna
 素材屋angelo このページの背景素材は「素材屋 angelo」さまです。
 


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