星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

          エピローグ

  楽人の歌のかすかな余韻が、天幕を吹き抜ける風にさ

らわれていった。老いた領主は目を閉じて、終わりの和

音の行方をじっと追っている様子だったが、やがてうす

青い瞳を居並ぶ者たちの方へ向けた。

「まこと、わしらのための歌じゃった」

彼はようやくそう言うと、咳払いをして楽人へ視線を移

した。

「なぜならわが家には、追われし人々の王――クレイシ

王の言葉が語りつがれているからじゃ。このおりに、そ

れを披露しよう。皆の者も、聞いてくれ」

 領主は背筋をのばして威儀を正し、再び目を閉じて、

口を開いた。

「『朝陽を受けた西の塔が浜辺に影を落とすように、一

つの物事にも光と陰とがある。一角獣の死が、トスティ

リーラを再び此岸へ呼び戻した。われらが救われ、生き

のびるために、森の王の魔法は消え失せねばならなかっ

たのだ』――楽人どの、そなたの歌うてくれた物語と、

いかにもよう合うたお言葉じゃ。この言葉を、昔クレイ

シ王はわが祖父らに向かっておおせになったということ

じゃ」

 楽人の表情が心なしか動いた。霧が突然とぎれて、隠

された湖面の青がちらりと覗くように、彼の瞳が一瞬の

間だけ輝いて見えたのだ。その色は年老いた海の青だっ

た。

 人々はホッと溜息をつき、領主は杯に手をかけた。

 奥方は細い指で涙をはらって言った。

「この歌には、報いるものを思いつきませぬ。楽人どの、

望みがあれば何なりと言うてください。かなう限りは何

でもさしあげましょう」
          いたつき
すると彼は一礼して板付九弦の竪琴をマントの下にかか

えた。

「さきほどご領主が話されたことで十分です。クレイシ

さまのお言葉をこの耳に聞くことができようとは、思っ

てもおりませなんだ」

 言い終えるが早いか、楽人はマントを翻した。人々は

次の歌のことも忘れて、彼の後ろ姿を見送った。枯草色

の髪――長の年月をさすらってきたようなその足取り。

 彼の姿が天幕から消え去った時、突然領主が立ち上が

った。

「誰ぞ覚えておらぬか、あの楽人、紫水晶の耳飾りをし

ていた…?」

そうして急いで席を立ち、ざわざわと驚く人々を押しの

けた。

 天幕の外では、星がだいぶと移っていた。老領主は柱

のはずれで立ち止まり、暗く連なる山々と丘、眼下でま

ださかんに燃えるかがり火のあかりを見渡した。風がさ

やさやと、のびざかりの牧場の草をゆすっていく。

「魔術とともなるお方…」

彼は夜の大気に呼びかけた。その老いた顔立ちは、つく

りも見事な鎧をまとい、銀の楯を手に城壁に立っていた
    いにし
という、古えの老貴族のようでもあった。

 楽人の姿はもはや、どこにも見えなかった。
   ―終―
by Hanna
 


 
*あとがき

   この物語は、一角獣半島の戦乱時代の物語群の導入部
  として、ずいぶん前に書いたものです。むかし某ファン
  タジー雑誌に投稿しましたが落選でした。
   エピローグでお分かりのように、青海王国最後の魔術
  師は、自ら殺した一角獣神の裂けた魂を耳飾りに担い、
  楽人となって長いあいだ放浪します。一角獣の角でつく
  られた魔剣も彼が隠し持っています。
   そして時満ちて彼がこの重荷を託す者を見つけると、
  一角獣の二つの魂の子であり、北方人と黒髪の民の双方
  の血を引き、魔剣をふるう金髪の王ダイラゴインが登場
  し、ここに神はよみがえり半島は統一されることになり
  ます。
   やがて、勢力を広げたこの国が、のちの「帝国」ハイ
  オルンとなって、『海鳴りの石』の物語につながってゆ
  く・・・というのが、私の頭の中の遠大な計画でした。


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