安らぎの港町  Port Kab=Mindar‘the HAVEN’

ポート・カブミンダー・ストーリー

SCENE 
 数年後。

 コーニーはとうとうメリーゾーンの住人になった。今

も猫を連れ歩いているが、それもそのはず、彼はブリー

ダーとして高級ペットサロンで名を売っているのだ。だ

が時々――いやしょっちゅう――フォールンがなつかし

くなるのか、叔父のダフのところへ顔を出している。

 ダフはウィミング・クロスの真ん中の例の店のオーナ

ーになった。ひどい締まり屋の母親とともに十数人の従

業員を使い、店は表も裏も繁盛している。結婚はおろか

恋人さえ最近は存在しない。あまり顔が広くつきあいが

多いので、誰か特定の人間とゆっくりする暇がないのだ

という。

 ナジャスは今でもウィミング・クロス一帯を仕切って

いる。ヒッターズのリボフとは時折、牽制し合う程度。

今はあのカミソリ少年ミハイルが彼の右腕で、もっと小

さな少年たちをひき連れている。サフリは事故で片足を

なくし、めったに外に出てこない。

 マーヴィンは専門学校に通っている。ドック関係に就

職してメカ・マンになるつもりなのだ。だが夕方からは

ナジャスたちに合流している。

 ルーカス・コオは二度とフォールンに現れなかった。

かといってメリーゾーンにも姿はなく、噂ではラブカス

トルのハイスクールに行ったという。そしてどこかの美

人令嬢とドライヴしているところをハイウェイで見かけ

た、ということだった。

 38丁目のクラブ“タチアナ・デュウ”では相変わらず、

往年の大スター、今は亡きタチアナ・サンバーグが永遠

のリフレインを歌い続けている。昔、彼女と張り合おう

としたハスキー・ヴォイスのティキは、誰もその行方を

知らない。メリーゾーンにももういないのかもしれない。

 ティキに首ったけだったさえないエリーは、タチアナ

・デュウのピエロ服を脱いで、ヒッターズの下で運び屋

をやっている。

 チャスティア・ビーチの大親分ヴィクトール・トアー

ズは、少し前に大失敗をやってビーチの権利や何かを新

進のレクリエーション・カンパニーにそっくり買収され

てしまった。今、彼はブラックポートの片隅で地味な暮

らしをしている。



 そしてバーゼルは、かつてのトアーズのお気に入り、

その前はダフの恋人だったスージと、ベッドの背もたれ

に並んでもたれ、今しもけだるいコーヒーを飲んでいる。

スージはフォールンに戻ってきたのだ。もうお婆さんよ、

というのが口癖だが、まだ三十にもならない。相変わら

ず陽気で美しいが、以前ほどおしゃべりではなくなった。



 夕暮れ、港の方から霧がやって来ると、町はそれにし

っとり包まれて少しだけ優しげになる。アスファルトは

湿り、埃もしずまってネオンはぼやける。少年たちの影

が建物から建物へとはしこく移ってゆく。

 バーゼルは戸口でスージにお別れのキスをして、小さ
  エ レ ク ト リ カ
な電気自動二輪で走り出す。晩にはスージは小さな店に

出て、ヒッターズの誰それとスロウダンスをしたり、ブ

ランデーをついだり、年下の少女たちの面倒を見たりす

る。

 なじみの通りをゆき、アパートの前でクラクションを

二、三度鳴らすと、やがて非常階段から黒髪の少女がぱ

っと出てくる。昔のティキそっくりに気の強そうな、男

の子のようななりをした子だ。

「嬉しィ。今日はご馳走」

彼女はそう言って長い髪をおどらせ、バーゼルの後ろに

乗る。エレクトリカは走り出す。

 バーゼルは妹のフォディーを連れて、メリーゾーンへ

夕食に行く。
  (FADE OUT)
by Hanna
 


 
*あとがき

   この物語は、ファンタジー『海鳴りの石』シリーズの
  前身であったSF習作の外伝として、私の好きな架空の
  港町を舞台に、断片的なイメージをつないで創り上げた
  ものです。
   主人公は、『海鳴りの石』の狼男バズとはいちおう別
  人ですけれど、もとは同じ、さすらう魂の持ち主として
  私の中に生きています。
   余録。バーゼルはこのあとメリーゾーンや北区にも行
  動範囲を広げ、いくつかのキナ臭い事件や恋を経験し、
           スマッグラー・シップ
  やがて宇宙港から 密 輸 宇 宙 船 に乗ってポート・カ
  ブ=ミンダーを去ります。行く先は、動乱の予兆を秘め
  た辺境惑星レープス…、機会があったらまた書きたいで
  す。

 

    放浪の狼
       A wolf with white fangs and a silver blade



      しだ
  湿った羊歯の香を胸に満たし

  ひそむ 俺は森の狼
        よ
  狩人の血の喚ぶままに

  明け方の月の下 牙を研ぐ



  蜜色の日ざしに目を細め

  寝ころぶ 俺は真昼の狼

  絶えまないせせらぎに あやされて
     ほら
  岸辺の洞で 四肢を休める



   夕凪の静けさに

   よみがえる彼方の喧噪――



  群青の夜風に髪を揺すられ

  たたずむ 俺は町の狼
   ぬきや
  密輸商の船の入る波止場で
           やいば
  忍びやかな足音に 刃が光る



   放浪の日々の胸のうち

   知らずまたたく故郷の港の灯――


     ゆ
  森を往き 荒れ地を往き

  運河の橋を渡れば 海が見える

  狩をして 恋をして 酒場に眠る
              あるじ
  俺は狼 白い牙と銀の刃の主
by Hanna
 


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