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夜更けの街ってのはビルのライトが主役だ。あたしが
ターミナルの信号待ちで見上げると、夜空はネオンで青
く照らされている。点滅のたび、空の色が変わるんだ。
分厚いビロードの青から、透明な墨汁色まで。
風がビーッビーッ、植えこみを揺らしていく。バスタ
ーミナルはだだっ広いアスファルトの海に突き出した緑
の岬。二週間ごとにとっかえひっかえされる花壇から咲
きなだれる花、はびこる低木、垂れこめる藤棚で、さな
がらジャングルだ。
その上から、世界の壁みたいにでかく、うすっぺらな
ターミナル・ビルが、巨人のようにチビどもを見下して
いる。いっせいに青に変わった横断歩道の四辺形の真ん
中に立って見上げると、あたしの肩にななめにのめりか
かってきそう。
ターミナル・ビルに限らず、都会は崩壊の不安をはら
んでいる。沈みかかった月そっくりに、かしいでいるの
は極彩色の広告板だ。端からトララララとネオンがとも
っていくたび、ちょっとずつずり落ちていくんじゃない
かな。何の広告だか、文字は読めないけれど。あたしは
眼鏡を忘れてきたから。
もう人はまばらだ。日曜日という旅が終わって、みん
な疲れ切っている。どんどん前を向いて帰り着いて、な
じみの寝床にもぐりこむだけ。そうして旅のことをしみ
じみ夢に見りゃ、明日からのルーティンをさしあたり忘
れられる。
横断歩道の対岸に渡り着いてみると、ジャンジャジャ、
ギターが鳴っている。汚れたジーンズに時代遅れのざん
ばら長髪な吟遊詩人が、フラワーポットのへりに腰掛け、
悲しげな歌を歌っていた。
見物人はだれもいない。だから彼も安心して歌い続け
るんだろう。ランララ、使い古されたコード。通り過ぎ
るとき、ちらっと歌の文句のかけらがとびこんできた。
光りながら 漕ぎだしていけ
あたしはジャングルの中を岬の突端へ向かう。高層ビ
ルの複眼に似たぎらつきも、茂った草木に遮られている。
エリオステモン、アブティロン、ヒベルティア・ペドゥ
ンクラータ、呪文のようにからまる名を持つ植物たち。
1番、2番…オレンジ色の電光板の招くバス埠頭はがら
んとして、さえた昼間の月面に負けぬくらい清潔なベン
チが白い。路線案内図はもつれあう色とりどりの綾取り
だ。
灰色の身なりの日焼けした男が、ベンチの一つに寝そ
べっていた。雑誌を数冊枕にし、一冊を手に持って解読
するように見つめている。
あんなふうに寝ころんで、見上げたら、バスだまりの
茶色の屋根や伸び放題の枝、街灯、色を変える空、それ
らが一度にあって、まるで無人島気分だろうな。そう思
っていると、男はハタッと雑誌を下げ、よく光る、黒い
まん丸な目であたしを見て言った。
「間に合わないところだったな」 |