双蛇琴 TWIN-SERPENTS-HARP
    ――剣岩の異端書より

     おや
 神々の祖であるリア・ガオルスツォンとフォーテリザ

には、すでに八人の娘と息子がいた。
             ドーム
 神々は透かし宮の大きな円屋根の下で、歌ったり踊っ

たり、休んだり話をしたりして過ごした。その円屋根は

世界をすっぽり覆うほど大きく、中は光で満たされてい

た。

 時には神々の王であるリア・ガオルスツォンが楽しみ

のために光をいっとき弱め、かわりに大小の星々をきら

きら輝かせることもあった。

 円屋根にはリアがその昔、数えつくせぬ数の星の宝石

を、妃フォーテリザのために埋めこんだのである。その

ため、透かし宮は万星宮とも呼ばれた。

 リア・ガオルスツォンはおのれの宮の光に満ちたさま、

また星々で飾られたさまが自慢で、妃のフォーテリザや

子どもたちも、その美しさに飽きることがなかった。リ

アは幾度も光の遊びを繰り返し、時と力を浪費していっ

た。



 やがて、下界の森の片すみに、見たこともない一羽の

鳥が現れ、木の葉のかげのうす暗い枝にとまって、不吉

な声でこう啼いた。

「やつらの滅びは近い、やつらの滅びは近い」

 しかし、リアもフォーテリザもその声を聞かなかった。



 そのうちリアは年を取った。フォーテリザも老いた。

そして子どもたちは争いを始めた。

 リア・ガオルスツォンは子どもらの争いをしずめ、天

が下を平和に保ち、透かし宮に光を満たし続けるのに力

を注いだ。彼はいつまでも神々の王として、この世に君

臨するつもりであった。



 けれど森の木下闇には陰気な歌を歌う鳥がいて、なお

も啼き続けた。

「やつらの滅びは近い、やつらの滅びは近い」
      ふくろう
 鳥の名は、梟と言った。



 やがてリア・ガオルスツォンの家臣である賢者ミリが

その声を聞きつけ、王リアに注進して言った。

「光や万星宮の宝石などにお力を無駄使いすることはお

やめなされ。そして謙虚なお心で、外の世のお方がこの

世を生みつくられたことを思い出されるように」

 けれどリア・ガオルスツォンは腹を立てて答えた。

「光も星も、われが生み出せしもの、わが力の現れだ。

だいいちこの世に秩序をもたらしたのは誰だと思うのだ。

光と闇、星の輝きは我が思いのまま、流れる水と波打つ

水は我が妃の思いのままである。外の世のことなど知ら

ぬそなたが、なぜわれに意見することができるのだ。わ

れこそが外の世から来たりし者、この世のつくり手よ」

 そうしてリアは賢者ミリを天上から追放して、冷たい

雪の中に閉じこめてしまった。


                      おご
 リア・ガオルスツォンとその一族はますます驕って、

雅びな暮らしを続けた。

 下界の森かげでは、今やはっきりとした声で梟が歌っ

た。

「やつらの滅びは近い。やつらの滅びは近い」

 遠いむかしリアとの争いに敗れ、独り下界をさまよっ

ていた、リアの弟ディオント・ミンダルンは、その声を

聞きつけてこう言った。

「兄上の終わりの時が近づいている。兄上は力を使いす

ぎ、年老いた。私を負かし唯一の王となったばかりに、

力を浪費されたのだ」

 そうして地上から天界へ呼びかけると、リアの娘らの

中でいちばん年長の娘が、それに応えて下りてきた。娘

の名はダイアといった。

 ディオント・ミンダルンはダイアを両腕に抱いて、言

った。

「お聞き、滅びの予言を」



 とうとう梟の歌がリア・ガオルスツォンの耳にも達し

た。リアは怒って言った。

「われはこの世の存在の父だ。われが滅ぶことはあり得

ぬ。すべてのものを生み出したのはわれ、光も闇も、月

も星も、海も嵐もつくり出した。わが力はまだまだ衰え

ぬ。いな、無尽なのだ。その証をたててみせよう」

 そうしてリアは妃のフォーテリザに声をかけ、一緒に

しとねに入った。



 リアが去った広間に、リアの息子の一人が立っていた。

彼もまた梟の啼くのを聞き、顔を曇らせてひとりごちた。

「父君と母君は光と闇を、月と星を、海と嵐を生み出さ

れた。されど父君と母君は私をもお生みになられた。あ

の歌は私を不安にさせる」

 彼の名は滅びの君ジルクであった。



 やがてリア・ガオルスツォンとフォーテリザはしとね

から出た。

 それから、フォーテリザは子をはらんで、再び寝所に

こもった。

「見よ、また新たなる神、新たなる存在が誕生する。わ

が力の無尽なることが今、示された」

リア・ガオルスツォンは子どもたちに向かって言った。



 それでも森では梟が啼いていた。

「やつらの滅びは近い、やつらの滅びは近い」



 神々の母フォーテリザのあげる叫び声が、寝所から聞

こえてきた。声は苦しげにリアを呼んでいた。

 リア・ガオルスツォンは初めて青ざめると、急いで妃

のもとへ行った。

 フォーテリザはそこに横たわっていて、かたわらには

生まれた子どもがいた。生まれたばかりというのに子ど

もはまっすぐ立って、両手に一匹ずつ蛇をつかんでいた。

 リア・ガオルスツォンが声もなく驚いていると、青白

い顔をしたフォーテリザが弱々しい声で言った。

「わたくしたちは今、わたくしたち自身の運命を生み出

したのです。殿のご覧になっているのはわたくしたちの

最後の息子、運命の皇子ソアールスです」

話すうちにもフォーテリザの顔からは血の気が失せ、彼

女は息を引きとった。



 リア・ガオルスツォンは頭をかかえ、苦悶の声をあげ

た。

「愛しきわが妃、われとともにあまたのものを生み出し

てきたわが妻よ! そのためにそなたは死なねばならぬ

のか。われも逝かねばならぬのか。おお今こそわかった」

 そうしてリアはフォーテリザをかきいだき、冷たい頬

に口づけた。

 それから子どもに目を向けた。

「それではそなたが、われらが末息子か、運命の皇子よ。

あの予言の実現者なのか」

「私は父君と母君に生み出された。父君と母君が、外な

る世から私の魂を呼び入れた。それで私はやって来た」

 話している間に子どもはみるみる成長し、白く波うつ

髪をたらした背の高い若者の姿になった。その目は片方

が青く、片方が黄色だった。

 彼は母神の寝台から白い布をはぎとって身にまとった。

その両腕には二匹の蛇がからみついていた。

 神々の祖であるリア・ガオルスツォンはじっとソアー

ルスを見つめた。

 それから、寝所を出て玉座の前に立ち、神々の王のし

るしたる力の剣を取って高く掲げた。

「混沌の王をうち負かし、我が弟を追い、わが王座を支
     アクス・ティール
えし剣よ、わが頼りよ。今、なんじにわが最後の命令を

与える。なんじ、末永くわが子孫の運命とともにあれか

し。今はわれらを逝かしめよ!」

 リア・ガオルスツォンがこのように叫ぶと、上へ向け

た剣の切っ先から真っ白な力の稲妻が万星宮の天を越え

て貫きのぼり、まばゆい光を発した。

 そして轟音と地響きとともに、万星宮の天井が粉々に

砕け散った。

 力は竜巻のようになおも上昇し、やがて時が停まった。

 風は凍りつき、波も河も静止した。

 草木は生長をやめ、生きとし生けるものすべてが時を

失って動かなくなった。

 死の如き眠り、沈黙の時無き時がこの世をおおった。



 ただ一人、リアの弟ディオント・ミンダルンだけが停

止した時と世界のはざまを歩き回った。

「梟の予言は成就した。そは同じ予言を繰り返し呼びお

こし、かくて世はめぐるだろう。私はさすらうのみ」

と、彼は停止した万象に向かって語りかけた。

 それから彼は天上へ向いて呼びかけた。

「目ざめよ、運命の皇子、わが甥よ」

 すると、他のものと同様に静止していた運命の皇子ソ

アールスが、色の異なる両の眼をしばたたいた。

 皇子が見ると、円屋根の砕け散った透かし宮の残骸の

ただ中、政務台に、力の剣アクス・ティールが突き刺さ

っていた。

 父王リアと母フォーテリザの姿はなかった。

 ソアールスは両腕の蛇をつかんで触れあわせた。する

と蛇はたがいにからみあってするするとのび、琥珀色の

女の姿となった。

「私は運命の女王、エナ・ソーン」

女は口を開き、片方が青く片方が黄色の不思議なまなざ

しでソアールスを見つめて言った。

 ソアールスは女を持ち上げた。すると女は小さくなり、

半ばほどけて半ばからんだような、双頭の蛇の形の竪琴

になった。ふたつの鎌首と尾の間には、青い弦が四本、

黄色い弦が四本張られている。

 ソアールスはほのかな残光に照らされた透かし宮の廃

墟に、その楽器とともに腰を下ろした。足下には彼の兄

や姉にあたる神々が、死んだように倒れていた。

 ソアールスは静かに竪琴をかまえて、奏で始めた。

 眼下に、静止した地上をただ一人さまようディオント

・ミンダルンの姿が見えた。



 単調な最初のしらべが流れ始めると、ソアールスの座

っている場所は、周りから遠ざかり始めた。透かし宮の

残骸が小さくまとまって彼を包み、世界から彼を隔てて

いった。ただ政務台と、突きたてられた力の剣は、また

別の所に残された。

 ソアールス自身は、竪琴の音につれておぼろな光に照

らされた。

 その光の中から、別の声が三とおり、ソアールスのし

らべに合わせて歌い始め、やがて三人の娘が現れた。竪

琴のしらべから一人が糸をつむぎ、一人がその糸を巻き、

一人がその糸で機を織った。
 トゥー    ユー    イプン
「織れ、織りすすめよ、先へと」

と娘らは歌った。

 ソアールスの竪琴は、やがてさまざまに節を変えた。

さまざまな色の糸が、影のようなソアールスの座所でつ

むぎ出され、織子たちは歌いながらそれらを織り続けた。

 「トゥー、ユー、イプン。トゥー、ユー、イプン」

と娘らは歌った。



 すると、世界が目覚め始めた。

 ソアールスの奏でた時の歌によって、万物の運命が流

れ出し、三人の娘が、それらを世界に織りなしていった

のである。

 風は息を吹き返し、海は再び泡立ち、川は流れ、草木

は伸びては枯れた。

 神々も目を覚ました。

 月の乙女ダイアは目覚めると、ディオント・ミンダル

ンのもとへ向かった。次に星々と暦の司リガ、暗黒の君

パルス、夢と滅びた者の守り手ジルク、光の女王リーブ

ラ、天空の神王ウェイルス、水底の嘆きの乙女ティナ、

海竜王ハウルス。

 森も目覚め、樹蔭から梟が飛びたって、いかにしてか、

ソアールスの影の座所までやって来た。梟はソアールス

の肩にとまり、ささやき声で、双蛇琴に合わせて啼いた。

「やつらの滅びは近い、やつらの滅びは近い」

 すると竪琴の蛇が二つの頭をもたげ、うねらせながら、

美しい女の声で歌った。

「のびよ、銀竜草、露をためよ、銀竜草」

 するとソアールスや織子らのまわりに白い銀竜草がの

び出して、そこへ、つむぎ車から飛び散る光と影のしず

くがたまっていった。ふちまでいっぱいになると、銀竜

草はくだけ散って、またあとからあとからのび出し、露

をためた。

「織れ、織りすすめ、先へ」

と、織子たちは歌った。

「やつらの滅びは近い」

と、梟は啼いた。

「のびよ、銀竜草、露をためよ」

と、蛇は頭をくねらせた。



 はるか下界の茶色い大地の上まで、その歌声とかすか

な調べが届いたとき、土の間から身を起こす者があった。

 それは、皺が寄り、腰が曲がり、土色の肌をした老人

と老婆だった。泥の色の着物を着て、老人は白髪、老婆

は枯れ草色の乱れ髪だった。

 二人は大地から立ち上がって互いに顔を見合わせると、

皺だらけの頬をゆるませた。

「それでは、われらはこの世にとどまれたとみえる」

「わたしも息をふき返したとみえる」

「わが子ら、われらのつくりしものたちは、皆々元気

じゃ」

「わたしたちも、生きておる」

「また生きて、つくるのじゃ」

「また生きて、育てるのじゃ」

「そうよ、生きて、刈り取るのじゃ」

「そうとも、生きて、死ぬる者を葬るのじゃ」

「わしらはこの世のつくり手じゃ」

「わしらはこの世のみとり手じゃ」

 大地から起きあがった老夫婦は寄り添って、地上を、

天上を眺めわたした。
       エルバン
「わしの名は、老夫じゃ」
       エルバーナ
「わしの名は、老婦じゃ」

「わしらは、誕生と死の老夫婦じゃ」



 ソアールスの歌は地上と天上にひびき、時はその歌と

ともに流れた。

 草木の伸びるとき、風が渡るとき、木の葉が散るとき、

われわれはその歌を聞く。
                うしお
 雨の降るとき、波が砕けるとき、潮が渦巻くとき、わ

れわれはその歌を聞く。

 魚がはねるとき、鳥が啼くとき、獣が鼻を鳴らすとき、

われわれはその歌を聞く。

 赤児が眠るとき、恋人たちがむつびあうとき、だれも

が死のため息をつくとき、われわれはその歌を聞く。

 梟も、生まれいでしすべてのものの滅びを予言して、

歌い続けている。

 銀竜草には絶え間なく露がこぼれつづけ、誕生と死の

老夫婦は、どこかで赤児の産声と死者の魂の昇天の世話

をし続けている。

 ソアールスの双蛇琴は、世の終わりまで、しらべを奏

で続ける。

 歌と楽の音の終わりは、世の終わりである。

                      〈完〉
by Hanna
 


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