<エオウィンはブリュンヒルドだ!>
エオウィンは自分のことを「楯持つ乙女 shield maiden」だと2度言ってい
る(「楯持つ乙女ではなく、子守りなのでしょうか?」(第5巻)、「わたく
しはもう楯持つ乙女にはなりませぬ。」(第6巻))。また追補篇によると、
彼女は後に「盾の腕(左腕)の姫 the Lady of the Shield-arm」と呼ばれた。
これらの言葉ですぐ思い出したのが、『クリスタルドラゴン』(あしべゆう
ほ作、コミックス)第6・7巻に出てきた「スカルメール(楯の乙女)」。男
性とともに戦に出、戦場で士気を鼓舞したり瀕死の戦士の魂を送ったりする女
戦士。
エオウィンは辺境国(古代ギリシャ・ローマからみて北欧が北の辺境であっ
たような)ローハンの姫君であるが、男装し武装して決戦にのぞみ、怪鳥と幽
鬼に立ち向かうことで全軍の士気を高める。彼女がたおれたのを知った時、エ
オメルは「死だ、死だ、死だ!」と叫びながら「ローハンの大軍勢の先頭にま
っしぐらに駆け戻り、角笛を吹き鳴らして、大音声に進撃を命じ」るのである。
エオウィンは、スカルメールとして、名誉を求め死を恐れず戦へと馬を駆り、
男性たちを奮い立たせ、決死の戦いへと駆り立てるのだ。
さらに連想されるのは、ワルキューレ伝説。北欧神話の世界でワルキューレ
は「楯の乙女 skjaldmaer」とも呼ばれる。父神オーディンの命令で戦場に赴
き、戦死者を選んで天上のワルハラ宮殿へ連れ去る戦乙女たち。中でもブリュ
ンヒルドはワグナーのオペラ「ニーベルンゲンの指環」で有名だ。
ブリュンヒルドは父によって岩場で眠らされ、まわりには真の英雄以外誰も
近づけぬよう炎が燃えさかった。やがてジークフリートが炎を破って彼女の眠
りを覚まし、二人は愛し合う。―――エオウィンは、養父の側仕えをしながら
自分は檻の中にいると感じていた。彼女にとってアラゴルンは炎の垣を越えて
自分のもとに来たった英雄に見えたのではないか。ブリュンヒルドが愛馬とと
もにジークフリートの火葬の火の中へ走り込んで壮絶な死を遂げるように、エ
オウィンもアラゴルンとともに戦場に赴き生死をともにしたいと願ったのだろ
う。
アラゴルンとアルウェン、エオウィンの三角形は、ジークフリートとクリー
ムヒルト(グズルーン)、ブリュンヒルドの三角形とは異なっているが、それ
でも『指輪物語』の中の唯一の愛をめぐる人間関係の三角形として、多少は注
目できるのでは?
確かM・Z・ブラッドリーだったか、エオウィンはアラゴルンに恋をしたの
ではなく彼自身のようになりたかったのだ、というような意見を聞いたことが
あるが、私はそうは思わない。アラゴルンに対するエオウィンの憧れは、ジー
クフリートに対するブリュンヒルドの恋情であり、彼女は彼のかたわらに名誉
ある妃としてありたいと願ったに違いない。だからこそ、後にファラミアに
「もう王妃になりたいなどとは思いませんわ」(第6巻)と告白しているので
ある。
(引用は評論社の文庫版ほか)
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