星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

            1

 そもそも人々が、トスティリーラはいつの日か戻って

くると信じたのは、何ゆえか?
 いりひ                  そうぼう
 没日に照り映える金の髪、夕暮れの海の青い双眸、燃

える火を秘めた宝石の飾り輪を額にはめたこの伝説の人

物は、四百と二十年前に、潮騒の民ら北方人を一角獣の

半島へ導いた。

 だが、人々が半島に国をたてたとき、王となったは、
うる
美わしの青海王子ハルティウィントスで、トスティリー

ラはひとり、さらに西の海へ向けて船で去ったと、人は

言う。

 けれど歳月のふりつもったこのご時世、王宮の実際的

な歴史家たちが、真相はハルティウィントスがトスティ

リーラを亡きものにしたのであって、船出はまさに古代

北方人や、海賊王たちが今も行う船葬なのだと考えたと

しても、それは自然なことなのだ。

 それでも人々は、トスティリーラの再来を信じていた。

三百年の平和の後、一角獣に守られたこの地にまで、黒

髪の闇の者たち(と、彼らは呼んでいた)がせまりくる

につれ、その話は確かな予言のようにあちこちで語られ

るのだった。



            2

 闇の民はつねに北方人を追ってやって来た。初めは、

半島のつけねの山深い地方に守りの塔が築かれ、そこへ

執拗な攻撃がくり返された。
       せき
 ついに彼らが堰を切ったように半島になだれこんだ時、

北方人の百姓たちは家や畑、果樹園を捨てて逃げた。

 領主は騎士らを率いて立ち向かった。けれど戦いには

敗北が、潰走には虐殺が続き、わずかの間に壮麗なハル

ティウィントスの王城は燃え落ちた。

 時の王は軍勢と共に都を落ち、その後にはおびえた人

々が従い、狂ったような逃避行は嵐の吹きすさぶマンス

テアン山脈を越えたが、人々は西の海を見る前に、敵の

別の大群にぶつかった。

 殺戮がくり返され、王を守りながら彼らは北西へ進み、

ついにその昔トスティリーラが船出したといわれる半島

の西端に立つ城にたどり着いた。



            3

 青海王国の生き残りたちは連なる丘々に見張りをたて、
           
急ごしらえの砦や防塁に拠って、満ち潮のごとく攻め寄

せる敵を押し返そうとした。

 山越えの前に生き別れとなった東の白き宮の味方が、

救援をさしむけてくれれば、というのが残された希望だ

った。

 春が来た。穏やかに波の寄せひく浜で戦は続き、人々

の絶望は深くなっていった。新緑の萌え出した丘陵に、
                   うみどり
王は決戦の軍を率いてゆき、白地に青い海鴎の飛ぶ王旗

を潮風になびかせたが、囲まれ、矢を浴び、魔術師の呪

縛にとらえられ、最後に長槍を受けて指揮台から落ちた。

 多くの武将が討ち死にし、屍は刈りとられた干し草の

ごとく斜面をうめた。敵が城にせまっていた。

「トスティリーラよ、トスティリーラ! 御身の導いた

この地で、われらは滅ぶのでしょうか」

と、人々は西の海の彼方を見つめ、やって来る船はない

かと空しく目をこらすのだった。
        たす
 しかしいかなる援けの船も現れなかった。味方の船は

一艘残らず、黒髪の民の魔術にかかって沈み失せていた。

 城壁の中に閉じこめられた人々の中には、悲嘆のあま

りみずから命を断つ者もいた。

 北の荒れた砂丘にも、南から東へ続く街道にも、敵方

の旗じるしが並んでいる。そのただ中に、月長石と青み

かげ石でつくられた、小さな西の城の塔が、今にも倒れ

そうに天をさしていた。



            4

 塔にいるのは、青ざめた顔の王子だった。父王の討ち

死にの後に残された、ただ一人の世継だったが、世継の

しるしの金の岩貝の髪飾りも、その頭にはまだ大きすぎ

た。

 幼い王子は、初代王ハルティウィントスがトスティリ

ーラの船出――あるいは葬送――を見送ったという塔で、

王座に腰かけていた。高い椅子に座るには、側近の助け

がいった。

 その側近とは、代々、王に仕えてきた魔法使いの家系

の最後の一人で、王家の者と同じように額に飾り輪をは

め、紫水晶の耳飾りの他、数えきれぬ装飾品を身に帯び

ていた。

 青海王国の神秘的な力の持ち主の、きらびやかな風俗

は、戦つづきの時代になっても衰えなかったのだ。

 先日死んだ王よりなお若い魔法使いの顔には、苦悩の

いろがあった。王もなく、主だった武将もない今、王子

を守るは彼のみだった。王国の命運は彼の魔力にかかっ

ている。

 むろん、敵方にも強力な魔術を操る者がいた。だが王

国の魔法使いの力は比類なく、西の城全体の土台を守り、

塔を支えていた。

 奇妙なことに、彼の魔力は、王国の国威が弱まり、代

を重ねて衰えゆくのと反対に、ますます強まっていた。

彼の父には彼ほどの力はなかった。

 それに西の城が完全に包囲されてからというもの、刃

物を研ぐように魔力が鋭くなってゆくのが、日に日に感

じられた。まるで王国と王子を救う唯一の援けだ、と自

ら名乗りをあげているように。
  (つづく)
by Hanna
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