星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

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 魔法使いは幾重もの首飾りのうち、一番長いものにつ
   うみどり
けた海鴎の形のヒスイを片手でもてあそびながら、塔の

窓から西の海と浜辺、そして城壁と敵とを見ていた。

 下の方からひっきりなしにすすり泣きやうめき声が聞

こえ、また武具のふれあう音、重い足音なども行き来し

ている。

 振り返ると、王子は大きすぎる王座に腰かけたまま、

眠っていた。彼の名はクレイシ、「宝」の意味だ。

 魔法使いはしばらくの間、微動だにせず窓辺に立って、

王国の幼い宝の寝顔を眺めた。山越えの吹雪の中で逝っ

たうら若い王妃の腕から、彼が抱きとってここまで連れ

てきた王子の、小さな寝顔を。

 それから足音をたてぬよう部屋を出て、内側の城壁ま

で下り、生き残りの味方を束ねている年取った貴族のと

ころへ行った。



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                        ぞう
 老貴族はつくりも見事な鎧をまとい、神々の似姿を象
がん
嵌した美しい銀の楯を持ち、白髪を宝石のついた紐で編

んで緋色のマントの背に垂らしていた。装束一式は、討

ち死にした息子の形見で、楯には喪のしるしの灰色の絹

のリボンがゆれている。

「これは、〈魔術とともなるお方〉」

 老貴族は魔法使いを迎えてわずかに顔をほころばせた。

長衣を着た魔法使いがかたわらに立つと、二人の姿は絵

のように美しくみやびやかだったが、それを見た人々の

嘆きの声は、いっそう大きくなるかのようだ。
               いにし
 城壁の下から、戦士らの歌う、古え伝えのトスティリ

ーラの歌が聞こえた。このせっぱつまった瞬間に、彼ら

はなおトスティリーラの再来を空しく願いつづけていた。

 だが、輝きわたる日の光のような長い髪をかすかな海

風になびかせた魔法使いは言った。

「もはやあの歌も、われらの心に望みをもたらしてはく

れぬ」



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「最後の力は空しい祈りより、別なところへふりむけよ

うとわたしは思う」

「東のかた、山の彼方の白き宮に、味方は残っていましょ

うか」

老将はしわがれた声で低く尋ねた。
       コ  ー  ル
「わたしは〈閉ざされし山〉の向こうを見ることはでき

ぬ。だが東に誰かが生き残り、われらに援軍を送り出し

てくれたとしても、その援軍はコール山よりこちら側に

は来ておらぬ。来ていればわたしに見えるはずだから」

 そして魔法使いは少し言葉を休めたが、またすぐに、

老貴族の顔をじっと見ながら言った。

「今となっては、援けは限りある記憶の持ち主からはも

たらされようもない。だがわたしは魔法使いだ。

 わたしは――、コール山へ、一角獣を求めに行く」

 

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 しわの奥の細い目が、驚きと畏れのあまり大きく見開

かれた。老貴族が何か言おうとして口を開きかけると、

それを制するように魔法使いが言った。

「コール山は畏れかしこき神の山、それはわたしも知っ

ている。かしこに棲む一角獣は〈森の王〉、一角獣がお

わす限りこの半島の平和は保たれる、ということも。

 なればこそわたしは行くのだ。一角獣がまことこの地

の安寧を守る神ならば、この身を捧げても今の窮状から

救うていただくつもりだ。

 また古書にいう、初代の王、美わしの青海の君ハルティ

ウィントスは、限りある記憶の持ち主としてはただ一人、

かの山に行き、一角獣を見いだして、偉大な力を授かっ

たと」

「さ、されど…されど、魔術とともなるお方、それは初

代王君なればこそできたこと。それよりたれ一人、王で

すらコール山に足を踏みいれた人間はおらぬということ

も、お身さまは知っておられましょうに」



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「むろん知っている。だが、わたしの先祖はハルティウィ

ントス王の血筋をひいている。わが内で、古えの力が育

っているのだ…おのれでも恐ろしいほどに。

 わたしが行かずして、誰がかの山へ行けよう? われ

らの滅びは刻一刻と近づいてくる。急がねばならぬ。城
  お
が陥ちれば、青海王国の最後の宝が失われよう」

「それはまことにその通り。お身さまはたぐいまれな力

をお持ちじゃ。クレイシ王子をお救いできるのは、お身

さまのみじゃろう。だがそれゆえ、お身さまは、お身さ

ま自身を大切にせねばなりませんぞ」

 すると魔法使いは白い頬にかすかな笑みを浮かべた。

「心配いらぬ。わたしには見えるのだ、代々の魔法使い
                   おくが
が見てきたように――緑重なるコール山の奥処に、新雪

のごとく白き一角獣の歩むさまが。

 わたしはそこへ行き、救いを求める。空手では帰らぬ。

もしあの一角獣が森の王でなく、神ならぬものであった

としても」

 彼はじっと眼下に目を注ぎ、またしばし口をつぐんだ。

城門のそばで、敵との小ぜりあいがつづいている。砂煙

が風に流れ、馬のいななきが切れぎれにこだまする。
  (つづく)
by Hanna
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