星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

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 もう伝統的といっていいほどに、王国の貴族や学者た

ちはみな、懐疑主義者だった。伝承をそらんじ、古書を

読み下すことがたくみな者ほど、その伝説の神秘を信じ

てはいなかった。

 魔法使いも、己れの行う技が、人々の目にどんな神秘

に映るかを知らず、求めるは実際的な生の可能性ばかり

であった。

「聞くところによれば闇の民にも一角獣の言い伝えがあ

り、その角はいかなる剣よりも力ある武器となり、その

涙はいかなる傷や病も癒し、その血は不死の霊薬である

という。

 コール山の一角獣がわれら北方の民の守りでなくとも、

闇の民に抗する力とすることはできよう」

 こう言い残して魔法使いは、西の城と王子を後に、秘

められた力を用いて禁断の山中へと向かった。



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 彼の力は長い道のりなど意に介さない。一呼吸するう

ちに、名も知れぬ木々、名も知れぬ草々に囲まれた深い

森の中にいた。

 生い茂る緑や気の遠くなるほど切り立った谷、けわし

い尾根が、幾重ものヴェールとなってその主を包みこみ、

人の侵入を阻んでいる。魔法使いは躊躇しなかった。前

方には彼自身の力で切り開いた一筋の道がつづく。

 うねうねと曲がりくねり、いくつも沢を越え、崖を登

りながら、聖なる一角獣のもとへ至るその道を、彼はほ

とんど宙をとぶがごとき足取りでたどって行った。

 

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 魔力に助けられ、彼は白い一角獣を見いだした。彼の

父祖たちが幻でのみ見てきた森の王。

 その毛並みは雪白で自ら光を放ち、瞳には謎めいたコ

ール山の緑が映え、先割れのひづめの下に、とりどりの

花が夢の中の情景のようにあやしく咲き乱れていた。

 だが魔法使いの目をひきつけたのは、その角だった。

深海に棲む貝のようにかたく、白く、ねじれた角は、せ

まい額から天をさしている。不似合いなほど大きく、そ

こから放たれる力の波が、総身に感じられた。あらゆる

生き物が内に持つ野性と生命の力の精髄。

 魔法使いは声なき言葉で一角獣に語りかけた。魔法の

波動一つで、王国の危機も、自分がどうしてここへ来る

に至ったかも、すべてを訴えた。

 そしてその同じ瞬間に、一角獣が彼の言おうとするす

べてのことを、知りつくしているのを見て取った。

 魔法使いの前で、白い姿は微動だにしなかった。ただ

あたりの景色だけが、陽炎のように奇妙にゆらめいてい

る。

「浜辺の青い宮は陥ちるであろう」

 一角獣はすべてを知った太古の瞳で、声なき返事をよ

こした。



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「ではわれらに滅びよとおおせられるか」

魔法使いは思念の声で言った。

「承服できませぬ」

 だが一角獣は表情一つ変えなかった。瞳の中に、今し

も敵の攻撃を受け、総崩れになる味方の姿が映った。城

門の前の青みかげ石が血に染まり、塔の小部屋で幼い王

子の震えるさままでが。

 魔法使いは重ねて言った。
 たす
「援けを。わたしには王国を守る責務があります」

「青き塔は月長石で築かれ、そなたの魔力が支えている。

しかし、塔はこぼたれる。そなたら魔法使いが積み重ね

た空しい技とともに」

「その技は、森の王よ、あなたがわが父祖にお与えにな

ったものではありませぬか」

「その通り。風と和し、潮の流れを聞くための技であっ

た。それがわずかの間に、塔ひとつ天にそびえ立たせる

ほどの力となった。十分であろう」

「わたしはその力で同胞を救おうというのです。どうか

援けを――力を」

「もう十分であろう。永遠に立つ塔などない」

「民を見捨てるおつもりか。四百年の長きにわたり、お

ん身をあがめてきた民を」

「塔はこぼたれる。そなたが何を思い、何を為そうとも」
  (つづく)
by Hanna
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