星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

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 魔法使いには、他に手段はなかった。空手では帰らぬ、

と約束したのだ。

 神を相手に押し問答をつづける間にも、敵は一歩一歩

せまり、味方は一人一人たおれてゆく。

 魔法使いの顔がこわばった。それまでとは違う目つき

で一角獣を正面に見据えた。
        さだめ
「たとえ、それが運命の輪のめぐりであろうと」

と、彼は挑むような声で言った。

「わたしは持てる力すべてを傾けて、塔を守らねばなり

ませぬ。たとえ神の見捨てた技でも、わたしにはそれし

かありませぬゆえ。

 わたしはハルティウィントス王の血をひく王族の一人。

王国のためとあらば、神にも運命にも抗いまする。まし

て民を見捨てた神には」

 魔法使いはぐいと一歩前に出、魔力の光を放つ右手で、

いきなり一角獣の角をつかみ、聞くだに恐ろしき呪文を

発した。



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「呪いあれ!」

彼は叫んだ。

 代々伝えられた言葉のうちで最も強力な、聞く者の血

の凍るような呪詛の韻律に、ゆらめいていたあたりの景

色はカッと照らされた。

「森の王とはすなわち、信ずる者ありての神なり。あが

める者に報いず、信ずるものを裏切る神は、もはや神に

あらず! 

 呪われてあれ、閉ざされし山の一角獣よ。そのほうは、

わが民の信を失うた。滅びに瀕したわれらが嘆きを、口

惜しさを、そしてうらみを、知るがよい。おのが授けし

魔性の技にて、呪われてあれ、一角獣よ!」

 いんいんと響きわたる声に、聖なる山のヴェールはは

ぎとられ、木々や花や地面はむきだしになり、身をよじ

るようにとどろき震えた。

 そうして一角獣は火のような血しぶきをあげて、ま二

つに裂けた。



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 魔法使いは角をしっかりつかんだまま、もだえる地面

に叩きつけられ、その上から、燃え上がる雪となって一

角獣の血潮がふりそそいだ。
     ハート
 一角獣の心臓と思われる、白いぼうっとした光の球も、

二つに裂けて、それぞれが悲鳴のような怒りのような、

大音声を発した。

「聖なる獣は死せり! 北方の金の髪の王ハルティウィ

ントスと語りし一角獣はまた、黒髪の民の神、夢の司ジ

ルクの愛でし獣なりき」

「その角、いかなる剣よりも力ある剣とならん。その血

潮、浴びし者を不死となさん。その死によりて、半島の

平和は過ぎ去らん。半島もまた、二つに裂かるるべし」

 その言葉を聞くと、魔法使いは身を震わせたが、くち

びるを結んだまま立ち上がった。その手には神の角があ

った。

 それは彼の手の中で、まばゆく輝く白い剣に変わって

いた。

 焼けるように熱い剣を握りしめ、裂けた一角獣をかえ

りみもせぬまま、彼は一気に空間を越えて、コール山を

去った。
  (つづく)
by Hanna
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