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今や西の浜の城と青い塔は、洪水の中に立つ一本の枯
木であった。味方の最後の軍勢も力尽き、多くが屍とな
って横たわり、城門は破られ、内壁もゆらいでいた。
破城槌が勝ち誇ってとどろき、敵方の黒髪の魔術師が
破壊の言葉を発するたびに、急場しのぎで補強された内
門は苦痛のうめきをあげている。それに合わせて、青い
塔も天をさしたまま、震えていた。
北方人たちの美しい鎧は破れ、かぶとにちりばめた宝
うみどり
石は砕けた。海鴎の旗じるしは血を吸って浜辺に散らば
り、踏みしだかれてずたずたになった。
波打際から城まで、嵐の後に打ち寄せられた海藻が砂
にまみれるように、亡骸はるいるいと地を埋めつくした。
18
不意に、崩れた城壁の上に一閃の光がさした。
優美な長衣をまとい、
金銀の腕輪、幾重もの
首飾り、紫の耳飾りに
王家の血筋の飾り輪を
はめた姿が、白熱する
剣を右手に立っていた。
流れる金髪は、高く
掲げた剣の発する目も
くらむ光に照らされて、
炎のごとく風になびい
ている。
魔法使いの双の目にも、火が燃えていた。彼の瞳と、
背後に立つ西の塔は、一つのもののように同じ光を放っ
たのだ。海に没する夕陽の最後の光のように、気も狂わ
んばかりに燃え、魔力が陽炎のようにそのまわりを包ん
でゆれた。
19
こうして、青海王国の最後の戦いが、西の城と波打際
の間の浜で行われた。
寄せ波のごとく襲いかかる敵勢に向かい、魔法使いは
一角獣の白き剣を手に、青い塔を背にかばい、ただ一人
立ちはだかっていた。
剣は躍り、剣は殺した。草を薙ぐごとく、星の流れる
ごとく。彼は雄たけびを上げ、喉も涸れよと呪文の限り
を唱えた。数知れぬ敵の血を吸って、剣は切っ先からつ
ばぎわまで真っ赤に染まった。
黒髪の魔術師が、彼を打ち破るべく挑んできたが、壮
烈をきわめる戦いの末、彼は敵を斬って捨てた。断末魔
のあえぎの中で黒髪の魔術師は、自分の相対した血染め
の剣が何であるかを悟って言った。
とも
「夢の伴者なる一角獣が殺された! 半島に魔剣が現れ
た。殺し手は一角獣の血を浴びて不死となった。そして
半島の平和は失われ、二つに裂かれたまま、血を流し続
けるのだ。一角獣をあやめし者に、夢の司の呪いあれ!」
「呪いの文句は聞き飽いた」
魔法使いは吐き捨てるように言うと、こと切れた敵か
らくるりと身を翻し、再び剣を掲げた。
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だがそのとたん、白い剣の輝きは十倍にもなり、つい
に炎となって切っ先から空へ馳せのぼった。それは、魔
法使いの立つ城壁から青い塔の天辺まですっぽりと覆う
魔力の防壁に燃え移り、城は白い火焔に包まれた。
魔法使いのからだにも炎がふきつけたが、まるで油引
きの布地にあたる雨のように、火の粉はしずくとなって
したたり落ちるばかりで、耐えがたい熱さの中、彼は無
傷で仁王立ちになっていた。
しかし目の前は真っ白に見え、息もつけぬほど熱く、
声も呪文も出てこない。剣を離そうにも、金縛りになっ
て手は動かなかった。
(胸の中が、燃える――剣の炎が城を焼きつくすよう
に、わたしの魔力がわたし自身を灼いてゆくのだ。
かくて青海王国は自らの火の中に滅ぶか。わたしも息
ができぬ。じき生きながらにして燃えつき、この苦悩も
終わるだろう)
彼は涙を流したかったが、それすらかなわなかった。 |