星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

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 だがその時、燃えさかる炎のただ中にあって、魔法使

いは波のとどろきを聞いた。彼方、西の海からおし寄せ

てくる水の音だった。

 かつてない津波が、浜辺を襲った。

 城を包む炎の上に、冷たい潮騒が夜明けの雷鳴のごと

く鳴りわたり、火はかき消えた。

 青い水が塔を洗った。

 と見るや、回復した魔法使いの視界の真ん中で、塔は

砂塵となって崩れ落ちた。あたかも波打際に子供の手で

作られた砂の城が、満ち潮にさらわれ、あとかたなく消

えるように。



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 こうして青海王国の最強の魔法は破れ、月長石と青み

かげ石は粉々になって浜を青く染めた。

 おびただしい戦死者たちは大波に呑まれて海に抱きと

られ、あるいは青い砂塵の下に埋葬されて、一人も見え

なかった。敵の姿も、すでになかった。炎と波の狂奔を

目のあたりにして、とうに逃げ去っていたのだ。

 浜辺の青い砂の上に、魔法使いは無傷で立っていた。

衣装は焼けこげて潮にぬれ、髪は流れる金の川のような
           わら
輝きを失って、しおれた藁のように色あせちぢれ、双の

目の光は消えていた。

 だらりとさげた手の抜き身から血の色はうせ、もとの

白さに戻っていた。

 少し離れた所で、城内にいたわずかな人々が、われに

返って気を取り直していた。塔は崩れたのに、王子も、

他の者たちもけが一つなく、砂に半分足をうめて呆然と

立っていたのだ。

 今はもう、波もきれいに引いていた。



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 にわかに、一陣の西風が海から吹いて、生き永らえた

人々のぬれたからだをかすめた。

 今しも、雲間から赤い夕陽が青海王国最後の日の光を、

長く長く浜辺に投げた。すると一人が突然、叫び声をあ

げて沖を指さした。

「あれを見よ! あれを!」

 その声に、生き残った者たちは、幼い王子や魔法使い

も含めて、入り日の彼方、水平線を見つめた。

 船が、やって来たのだ。

 それは、白い帆に風をはらみ、みるみるうちに近づい

てきた。帆柱の上にいかなる旗もなく、帆にいかなる紋
                   うみどり
章もない。ただ舳先に一羽の巨大な白い海鴎が彫像のご

とくとまって、真紅のくちばしでこちらをさしていた。

「トスティリーラ!」

誰かが叫んだ。

 次の瞬間、皆が叫んでいた――魔法使いを除くすべて

の者が。

「トスティリーラ! トスティリーラ!」

 船は音もなく浜に乗り上げた。そして海と光の御子、

潮騒の民の導き手、ハルティウィントスの友、月長石帯

びる君、海鴎に運ばれしトスティリーラが、伝承に出て

くるそのままの姿で浜辺におりたったとき、人々の頬を

涙が伝わった。
  (つづく)
by Hanna
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