星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

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「ハルティウィントスと語った〈森の王〉が死して、青
               す え
き塔はこぼたれた。潮騒の民の末裔たちよ、船に乗りな

さい」

彼は言った。

 人々は感謝の言葉を捧げようとしたが、トスティリー

ラは笑ってそれをおしとどめ、船を指して彼らを急がせ

た。

 彼は幼い王子の手を取り、みずから船の方へ導いた。

「西の海の彼方へゆくのですか、トスティリーラ?」

王子は尋ねた。

 トスティリーラはまた笑って言った。

「あなたがたにはまだ此岸でなすことがある。塔は崩れ

たが、人は死に絶えてはいない。再び森の王がおわすよ

うになるまで、あなたがたとその子孫は耐えてゆかねば

ならぬ。

 わたしはあなたがたを〈海賊王の島〉へ連れてゆこう

と思う。彼の島の海の民らは、わたしを迎えてくれるか

ら」

 トスティリーラは海の青の瞳で王子の目をひたと見つ

めた。

「だがいずれこの地へ戻り、また長い戦いを始めねばな

らぬだろう」



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 王子と他の者たちは船に乗りこんだ。傷ついた者は、

元気な者に担がれて。

 ただ一人、魔法使いだけが浜辺に立っていた。彼の手

にはまだ白い剣があった。

 トスティリーラは魔法使いの方へやって来た。その顔

には何のくもりもなかったが、魔法使いは頭を垂れた。

「そなたは船に乗れぬ」

トスティリーラの声には、いたわりの響きがあった。

「……」

 口を開きかけたまま、魔法使いはいたずらにおのれの

声を捜し求めた。白い炎と波とが、彼からいっさいの力

を奪い、言葉さえも持ち去ったかのようだった。

「そなたは森の王を二つに裂き、その角もてその剣をつ

くった」

と、トスティリーラは彼のかわりに言った。

 魔法使いのくちびるが、「塔」という形に動いたが、

やはり声はなかった。

「塔はそなたと、そなたの父祖たちの魔法で立っていた。

森の王の白い炎とともにその力は燃えつき、塔は崩れた。

 そなたは船に乗れぬ。この船には、わたしの他は、限

りある記憶の持ち主しか乗せられぬが、そなたは森の王

の血潮を浴びて身も記憶も不死となったから。

 そなたは運命の輪のめぐりを一人で渡る者となろう

――そなたの力がそうさせたのだ」



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 魔法使いはうつむいたまま、われ知らずすすり泣いた。

「それほど嘆くこともあるまい」

相変わらず穏やかに、海の声を持つ伝説の人物は言った。

「わたしも長いことそうしてきた」

 その言葉に魔法使いは顔を上げ、トスティリーラの若

々しい顔に埋めこまれた、年老いた青い海の瞳を見た。

その奥で、風の声、潮の歌が聞こえた。

「この世界には、祝福も呪いも、ともにこめられている

のだから」

 そう言うと海の王子は向きを変えた。船に乗りこんだ
    へさき       うみどり
彼は、舳先に立ち、片手を海鴎の背に置いて言った。
           クレイシ
「案ずるな。そなたの宝の王子は預かった。彼は海賊王

の島で健やかに成人するだろう。

 では、さらば! 二つに裂かれた森の王の心が一つに

なり、その額に再び角が輝く時、半島の平和も戻るだろ

う」

 船はひとりでに浜を離れ、少し沖で船首をやや転じる

と、暮れなずむ西南の海に消えていった。
  (つづく)
by Hanna
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