星祭の夜話 一角獣の死 ―半島戦史

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 魔力を失った魔法使いは、塔も人もない青い浜辺に立

ちつくしていた。

 だが、まったく取り残されたのではない。沖合から吹

き上げて来る風が、彼の周りでささやいていた。

「山へ運んでさしあげましょう。一角獣――裂かれし獣

の王が横たわるところ。あなたの担うべきものがあるの

です」

 それは黒髪の民が歌に歌う、〈西風乙女〉の声だった。

 魔法使いのからだは乾いた海藻の束のごとく、軽く軽

く風に運ばれていった。

 気がつくと、彼は再びコール山にいた。それまでの出

来事が夢のように思われる。

 けれど、緑重なる森の奥処には、白き森の王の二つに

裂けた骸があった。側には透き通った乙女の姿となった

〈西風〉が立っていた。



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 魔法使いはもの問いたげな目で〈西風乙女〉を見つめ

た。

「何を不思議がるのです? わたくしが黒髪の民の精霊

だからですか? この山の不思議と神々しさが、あなた

方、北方の民の目にしか映らぬと思うのですか」

 歌うような声で言いながら、乙女は魔法使いに背を向

け、地面の上でなおぼんやりと光を放っている白いもや

もやした二つの塊に手をさしのべた。

「これを一つに戻すのが、あなたの仕事。その耳飾りを

お取りなさいませ」

 魔法使いは言われるままに、両耳につけていた紫水晶

と真珠を連ねた飾りを外した。

 それを受け取った乙女は、両の手にひらに一つずつ、
                ハート
白くぼうっと渦巻く一角獣の裂けた心臓をのせ、くるく

ると丸めて紫水晶の中へ詰めこんだ。そしてかすんだよ

うに濁った水晶をいとおしむようになでさすってから、

一つずつ、魔法使いに返した。



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 魔法使いは飾りを耳に戻す前に、こまかな真珠をちぎ

り捨てた。ついでに額の金の輪も、首飾りも、きらめく

腕輪もみな外して地に捨てた。

「美しいのに」

〈西風乙女〉は無邪気に言った。彼女は魔法使いの顔を

覗きこみ、その心を読み取ったようだった。

「国を失えば装束もいらぬ、というのですね。おかしな

方だこと、あなたは。それとも北方の民はみなそうなの

ですか」

 それから乙女は再び一角獣の骸の側にかがみこみ、何

かつぶやいていたが、やがて振り向いて剣を貸しなさい

と言った。

 魔法使いは剣が常人にはとても耐えられぬほど熱いの

で、少しためらった。

「大丈夫。お貸しなさい」

 乙女は平気でそれをつかみ、手にした不思議な色合い
      つか
の二つの玉を柄にはめこんだ。

「ごらんなさい、夢の獣の瞳です。美しいでしょう」

 それから彼女は、たてがみを一房、剣で切り取って、

またたく間に鞘の形に編んだ。剣をそこへおさめると、

魔法使いに返した。

「では、ごきげんよろしゅう。わたくしは今より、愛す

る獣の王のため、悲しむことにします」

 乙女は優しげな表情を一変させ、雨をもたらし吹きす

さぶ疾風のような声を上げると、髪をふり乱し口を耳ま

で裂いて、吠えるように泣き始め、やがてその姿は小さ

なつむじ風の中に消えた。
  (つづく)
by Hanna
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