30
魔法使いが魔力もなしに、どうしてコール山から出て
行くことができたかは、語られていない。その長く苦し
い道のりのことは、彼自身も覚えていなかったのである。
耳飾りの紫水晶はどくどくと脈うち、腰の剣も、鞘の
中で冷えたもののひどく重く、歩くたびに足にぶつかっ
た。衣装は破れ、靴は土と草の汁で汚れた。
連なる峰々や谷、迷宮のような深い森をぬけて、とう
とう彼が再び浜辺に立った時、季節は夏を過ぎ秋に移っ
ていた。
青海王国の西の城はもはや跡形なく、ただ青い浜に寂
しく波が寄せるのみであった。
彼は自分が疲れて年取ったような気がした。だが彼は
老いることができないのだった。からだには一角獣の血
がしみこみ、耳には引き裂かれた魂が脈うち、腰の剣は
重かった。
彼は歌った。聞くものとてない戦いの浜辺で、西の海
に向かい、初めて声をはりあげて。
31
ちから
魔力失いし者の歌
峰はけわしく 海は強き歌うたい、
日々いまだ 若き頃
駿馬駆り 浜辺につどう騎士たちよ
波の寄せ 岩のそびえるこの岸に
とき
大いなる鬨の声 こだまする
うちひしがれ 血潮 波間に散り、
味方の甲冑 横たわりしのちに
わたしはひとり
おもい
思念にて練り上げし青き国の前に
すっくと立っていたように思う
白き剣かかげ 目に赤き光たたえて
精魂こめてつくりし魔法の王国を
この手にかき抱き 戦わんとしていた
空は澄み 川はいそぎ流れ、
暗黒の近づく頃
旗たなびかせ 荒れ野につどう兵たちよ
草の葉そよぎ 風わたるこの丘に
とき
最後の鬨の声 こだまする
ちから
太古の魔力 西空に消え、
味方の魂 去りしのちに
わたしはひとり
わが青き王国 背にかばい、
すっくと立っていたように思う
おもい
思念の限りつくし 最後の呪文唱えて
神々の魔力呼びさまし わが愛するすべてを
この手にかき抱き 守りぬこうとしていた
時の流れに抗い背けども わたしは
この浜に立っていた
剣をかかげ 守るべき国 背にかばい、
もし倒れたなら この最後の魔法に包まれて
白く消滅すればよいと思っていた
峰はくずれ 海のみが同じ声でうたい、
神々の去りし今
重き足はこび 古き浜辺を踏んでは
かすかにざわめき伝える風の音を聞く
ちから
失われた魔力求め 虚空むなしく呼べど
こたえるは寄せ引く波ばかり
守るべき国をなくしてよりのち
わが日々は急速に老いぬ この身こそ死を知らざれど |