安らぎの港町  Port Kab=Mindar‘the HAVEN’

ポート・カブミンダー・ストーリー

SCENE 5
 十数分後、少年たちは拾い場にいた。途中でコーニー

の叔父ダフの店に行って、新品のハンドガンを引き取っ

てもらい、紙幣をずいぶん手に入れた。みんな大喜びで、

ナジャスが分配するのを待ちきれず、四方から彼に手を

伸ばした。

 “拾い場”は、ありとあらゆる不燃性廃棄物が山積み

になっている、ビルの一階の広い空間だった。ビル自体

は薄汚れた白い建物で、すでにあちこち痛んでおり、最

近リサイクル会社が買い取ったのだった。業者の持ちこ

むゴミのほか、市の衛生局から払い下げられるスクラッ

プ――旧式電池、プラスチック片、折れたマジックハン

ド、グラスファイバー・コードの束、家電製品の残骸な

どが散乱していた。

 少年たちは手頃ながらくたの上に腰を下ろし、あけ放

した入り口の上についている発光板の淡いあかりを頼り

にしゃべったり飲んだりした。酒は中級のマンストーン

・ブランデーだった。サフリがすぐ酔ってコップを取り

落としたので、ナジャスは近所のコイン・マシンからソ

ーダを買ってきてやった。こぼれた酒のついた樹脂タイ

ルの切れ端の上に巨大なネズミが現れてうまそうにそれ

をなめた。コーニーの黒猫はおびえて後ずさった。

 ルーカス・コオは財布を出して飲み代を払った。ナジャ

スがそれを皆に分けた。少年たちは彼の采配に文句を言

わず、コインをポケットに押しこんだ。ルーカスもポケ

ットに財布をしまうと、かわりに小さな菓子缶を出して

中味のチョコレートを皆に気前よく配った。小さい子た

ちは喜んで食べたが、ナジャスはまたチラッと嫉妬のま

なざしをルーカスに向けた。

 「金持ちルーカス、いいなァ。メリーゾーンには面白

い店もいっぱいあるんだろ」

  ミハイルが小リスかハリネズミのような顔を赤くして

無邪気に言った。

「そこでルーカスはすげェレストランで食って、エア・

エンジン付きのキャリーをぶっとばしてるンだろ?」

丸々とした頬のサフリが、ミハイルに負けじと反対側か

ら言った。ソーダでようやく落ち着いている。

 ナジャスはこのあからさまな称賛に、三たびイヤな顔

をした。

 だがルーカスは得意げな顔もせず、といって打ち消し

もせず、表情を変えなかった。別のポケットから煙草を

出して一本口にくわえると、ケースを無言でナジャスに

差し出す。それは親しみと多少の敬意がこもった仕草だ

った。ナジャスは機嫌を直したらしい。煙草を受け取り、

着火帯をちぎりながらニッと笑った。ルーカスはそれで

も無表情のまま、先にナジャスの煙草に火がつくまで待

っていた。

 その様子をバーゼルは黙ってはたで見ていた。ルーカ

スのポーカーフェイスは天与の武器なのだ。彼は自分の

見てくれがいいのをちゃんと知っていて、そのマスクを

下手にゆがめないようにしている。素直なふりで黙って

いるだけで、彼はたいていの人間の好意を手に入れてし

まうことができる。それはナジャスだろうと、ミハイル

やサフリだろうと、あるいはヒッターズのヤクザ男だろ

うと、ダフィーの店の銀髪のマダムだろうと同じだった。

おそらくメリーゾーンでもそうなのだろう。



 「ルーカス、メリーゾーンの話、聞かせろよ」

コーニーまでが言った。黒猫を膝に抱きあげてくすぐり

ながら、目を熱っぽく光らせている。ルーカスは答えず

に煙草をふかした。

 ついにナジャスも好奇心に駆られて、それでもさりげ

なく尋ねた。

「景気どう?」

「まあまあ」

初めて答えたルーカスは、灰をはたいてブランデーをす

すった。

「もうあんまりこっちへは帰って来ねェんだろ?」

ナジャスは足もとに落ちていたディスクデッキの残骸を

いじり始めた。

「そんな事ない」

ルーカスは答えた。

 「ルーカスは仲間だもんな」

とミハイル。ルーカスの腕に寄りかかっている。

「ヒッターズやめてないのか」

ナジャスが訊いた。ミハイルの父親はアヴェニュー・ヒ

ッターズの一員だった。ルーカスはコップをほしていて、

ちょっとの間返事ができなかった。

 「やめてねェよな」

バーゼルが代わりに言ってやった。ルーカスはコップか

ら口を離してバーゼルにちょっと笑いかけ、それからナ

ジャスに

「うん」

とうなずいた。そして、
  あ   っ   ち
「メリーゾーンばかしじゃつまらねェもん」

 「何でさ? 何で?」

サフリが訊いた。彼らはメリーゾーンには“何でもある”

と思っている。

「いい子にしてなきゃならねぇから。でないと金入らねぇ

だろ」

ルーカスの答えが、サフリやミハイルにはまだよく分か

らない。だがナジャスは大人びた声で、

「そうだろうな」

と相づちをうった。

 「そのうち…好きなコトできるようになるさ」

ルーカスはのんびり言った。が、珍しくいつもの無表情

が消えて瞳がキラリと光る。

「そうなったらどっかに行くぜ。もっとキレイなとこへ」

ルーカスは言いながら、ひび割れが黒ずむ天井を見上げ

る。バーゼルも真似をして上を向いた。彼らの頭上の空

間は、意外に広かった。あちこちで巨大ネズミが我がも

の顔に走り回る音がする。

 「ねェ何で? ルーカスはここが嫌いなのか?」

ミハイルがちょっと不満な声を出した。例のカミソリの

ような鋭さが声にもある。

「お前、好きかよ?」

からかうようにコーニーが割って入った。黒猫は彼の肩

に移動して喉をごろごろいわせている。

「だって…好き…さ。サフリ、好きだろ? バーゼルも

好きだろ?」

カミソリがちょっと不安げにくもって、ミハイルはバー

ゼルの顔を見た。

 バーゼルは何と答えようか少し迷った。

「嫌いじゃねェけど、キタナい」

「キタナくてもさ。ねェ、ナジャスはどうなの? キタ

ナい?」

ミハイルはまた切っ先をとがらせて、とうとうイニシア

チヴを握るナジャスの方を見た。ナジャスは馬鹿馬鹿し

いというふうに軽く笑った。

「俺は好きさ」

彼は言った。



 その時、入り口の方で誰か駆けこんでくる物音がした。

褐色の肌の男の子が発光板の下で立ち止まり、中を見回

している。近くで廃品をあさっていた数人の男女が、無

言で脇へどいた。

 少年は数秒でバーゼルたちを見つけ、ガラクタの山や

谷を跳びこえて走って来た。

「マーヴィン!」

皆は彼を迎えて言った。マーヴィンは息を切らしていた

が、

「バーゼル、お前ンとこの親父を見たぜ。港の方から来

たんだ。やつらに見つかったぜ」
  
声を圧し殺した早口で言った。

 「どこで?」

尋ねたのはナジャスだった。

「38丁目の駐車場。半地下の、いつか花火やったトコさ。

だけどヒッターズの下っ端がすぐあとで来たよ。カーディ

ングはケガしてるみたいだった。手、両方ともテープで

ぐるぐるで。隠れるみたいに“タチアナ”の方へ行った

けど、あそこもヤバい」

「タチアナ!? 俺の父さんがこの頃、張りに行くトコだ

ぜ」

ミハイルが甲高く鋭い声で叫んだ。ルーカスとコーニー

が同時に、しいッと言った。

 バーゼルは立ち上がった。

「あの親父め、困ったな」

彼は言った。

 「助けに行こう! みんなでさ」

サフリがぴょんととび上がって言い、今度はミハイルに

しいッと言われた。

 少年たちはまたたく間に行動を開始した。ナジャスは

酒のまだ入ったボトルをミハイルに持たせた。

「俺も行く」

ミハイルが不服を述べた。

「親父がいるんだろ」

バーゼルがちょっと冷たい声で言った。
    ・・
「だって俺はヒッターズでも何でもないぜ。そンなら何

でルーカスは行くんだ」

キンキンした声でミハイルは言った。

 「行こう。いいだろナジャス」

ルーカスが走り出しながら言った。ナジャスはあとを追

いながら即答した。

「ミハイル来い。瓶はそこへ置いとけ」

 すっかり暗くなった街を、少年たちは影のように走っ

た。
by Hanna
 

SCENE 6
 長い距離を走ったバーゼルは、喉から胸まで冷たいパ

イプが通っているようだと思った。鼻の先がかじかんで、

手でこするとひりひりする。半分凍った河にかかる橋を

渡り、ようやくなじみの通りに入っていくと、いちめん

に濃い霧がたれこめていた。彼の吐く息もミルクのよう

に不透明な霧の一部になっていく。街灯や電飾がその中

でぼんやり光っていた。アスファルトは灰色に揺らめい

て溶け出しそうだった。

 誰かに呼ばれて、はッと立ち止まった。

「こっちだバーゼル」

歩道に乗りあげた白いキャリーカーの窓から、顔なじみ

のダフが覗いている。

「そんなカッコでどうした?」

 ダフは今年十七だが、灰色がかった髪のせいでひどく

世慣れて見える。彼の父親はウィミング・クロスのど真

ん中で盗品売買をやっていた。地下にある店では面白い

ものが色々見られるので、よくバーゼルは遊びにゆく。

 ダフに言われて初めて、バーゼルは自分が借り着を着

ているのを思い出した。

「そっか、フィービの葬式だったんだよな」

母親とも知り合いだったダフはすぐ察して自分で答えた。

 「ダフィー、車ちょっと乗っていい?」

バーゼルは小走りに駆け寄ってささやき声で訊いた。

「うーん、まいいや。どこ行きたいんだ?」

「うち」

「だってすぐそこじゃないか」

「でもさ」
     ピッキング
「どした、掏摸でもドジったのか」

 ダフはドアを開けた。バーゼルがとびこむと、ツンと

コロンの香りがして、長い金髪の女がいた。バーゼルの

知らない顔だった。彼女の髪と襟は乱れていた。

「あら可愛い坊や」

女はにっこりした。

 バーゼルはリアシートに座るとガラスのくもりをすか

して外を覗いた。ダフがドアを閉め、車は発進した。

 「何て名前?」

女が尋ねた。カールした金髪は、ところどころがいたん

で白っぽくなっていた。

「ダフィー、このひとどこの人?」

「大丈夫、お前をチクッたりしないよ」

ダフがにやにやしながら言った。

 「私サルカ・スクエアの近くに住んでンの、ダンステ
                        ・
リアの案内嬢よ、誰の味方でもないわ、しいていえばワ
・
ルの味方」

女も笑顔になった。笑うとまだ子供のようだ。

 「ヒッターズ誰か知ってる?」

バーゼルは用心深く尋ねた。

「こいつの親父、ヒッターズのつまはじきなのさ」

ダフが説明した。

「知り合いに何人かいるわ、店に来るもの、でも私よけ

いなこと言わないわよ。何て名前?」

「バーゼル」

「そ。私はスージ」

 キャリーカーがバーゼルの家のあるアパートの前に停

まった。

「ダフィー、この服脱いでくるから、持ってってくれ

ねぇ? “モッキンバード”に」

バーゼルが言うとダフは顔をしかめたが、

「『持ってってくれねぇ?』だって、ませてるぅ、カッ

コイイわよ。私が届けてあげる、ダフが自分の店へネコ

ババしないようにね。“モッキンバード”寄ってダフ、

いいでしょ?」

スージと名乗った女が言った。



 バーゼルは急いで階段を上った。何だか久しぶりに家

に帰ってきたような変な気がした。ドアの反応盤に右手

を押しつけ、それが作動して手のひらの生体認識プレー

トがかすかに熱くなるのを待つわずかな間、バーゼルは

上着のボタンを二、三個左手で外した。ロックが解除さ

れるとノブを握ってとびこみ、借り着を脱ぐ。普段着の

セーターとズボンは冷蔵庫から出したように冷えていた。

彼は身震いすると借り着をかかえ、ドアを開け、閉め、

ロックして、階下へ駆けおりた。

 「はやーい」

スージが車の外で待っていてくれた。まだ肌のぬくみの

残る借り着を手渡すとき、バーゼルは少しきまり悪かっ

た。

「よそゆき脱いじゃうと、フツーの子ね」

スージは服をたたみもせず、無意識に両手で丸めながら

バーゼルを見ていた。

 「追っかけられてンなら、俺たちとドライブしない

か? まいちまえるぜ」

運転席から顔を突き出してダフが言った。

「いい。うちにいなきゃ」

「立派立派。じゃまたねバーゼル。いつかお店きてね。

サルカ・スクエアの一本東にある“フライアウェイ”っ

ての」

 ダフとスージが走り去ってしまうと、バーゼルはまた

急いで階段を上り、ロックを解除し、ドアを開けて閉め

た。今頃になってかっかとからだがほてり始めていた。

 勝手に作動した暖房から出るなまぬるい空気を吸うと、

胸がむかむかした。時計は五時半だった。

 バーゼルはここが自分の家ではないように思えた。家

具や床や壁がよそよそしい。居間の真ん中まで行くこと

さえ怖かった。アヴェニュー・ヒッターズの男――マル

ヴァ・コオの手下たちの顔が、カーテンのひだの向こう

に見えはしないか。それともあのディスプレイ・ボード

の後ろに誰かいるかもしれない。おかげで2Dゲームは

できそうにない。どのみち、この恐ろしい静寂を破ると、

何か破滅がふってきそうな気がした。

 バーゼルは玄関を入ってすぐの寝室のドアのそばにう

ずくまっていた。開いたドアから、大きなベッドの白い

シーツの端が少しはみ出しているのが見えた。ベッドの

下には空のボトルが五、六本転がっていた。彼はこの数

日間、父親がめちゃくちゃに酔っぱらっていたのを思い

出した。

 ボトルの他に硬い紙が一枚落ちていた。バーゼルには

分からない証明書用シンクロシートで、「生体反応プレ

ート登録データ抜粋・DNA鑑定基本パターン」などと

書かれてあったが、それも用済みといった顔でしんと沈

黙している。母親がいなくなり酒も切れた寝室は、もう

父親の居場所でもなくなった感じがした。そして突然、

ウォッチフォンのパスワードを書いたメモが、借り着の

ポケットに入ったままだったことに気づいた。もう遅い。

アンディ・キートに連絡できない。そう思ったが、バー

ゼルは今さら慌てる気にもならなかった。ただ、辺りが

静かすぎて怖かった。



 ゆっくりと時間が過ぎた。バーゼルは気を張りつめす

ぎて疲れてきた。思い切って立ち上がり、ディスプレイ

・ボードの側まで行った。だがTVをつけて静けさを乱

す勇気も出ず、そこへ座ってまたじっとしていた。

 父親が帰ってきたのは、夜中だった。

 バーゼルはずっとディスプレイ・ボードにもたれてい

た。時々居眠りをしたが、うなされてすぐ目が覚める。

夜になってついた照明を、消した方がいいように思った

が、スイッチを触るのが怖くて動けなかった。

 夜の一時頃、誰かが外から玄関ドアにもたれる音がし

て、バーゼルをドキリとさせた。息を殺してディスプレ

イ・ボードに背中を押しつけていると、しばらくガタガ

タいった後、反応盤が作動してロックが解除され、少し

だけ開いたドアから父親が、インヴァネスのオーヴァー

のポケットに手をつっこんで倒れこむように入ってきた。

 バーゼルは正直なところ、父親が帰ってくるとは思い

もよらなかったのでびっくりして声が出なかった。

 右手をポケットに入れたまま壁に当たってよろめいた

父親を眺めると、そのインヴァネスは変な色に汚れ、襟

元に垂れた長髪もぐちゃぐちゃだった。顔にはどす黒い

あざが一か所と、血のにじんだすり傷が二か所、おまけ

に片方のまぶたがはれあがって凄い形相だ。彼はバーゼ

ルの方など見もせずに寝室のベッドにつっぷすと、しば

らく死んだようにそこに寝ていた。向こうに向けた顔は

見えず、呼吸のたびに肩が大げさに動いた。もっとよく

見ると、インヴァネスの汚れた部分と触れた白いシーツ

の端が、赤く染まっているのに気づいた。

 バーゼルは少しばかり父親の方へにじり寄った。

「ケガしたの?」

 この声にカーディング・パイムは文字通りとびあがっ

た。が、すぐに脱力してベッドに左手をついた。

「何だお前いたのか」

疲れ切った声で父親は言った。

「ケガしたの?」

おそるおそるバーゼルはくり返した。父親は黙って首を

横に振ると、ようやく右手をポケットから出したが、そ

の手首には血のついたハンカチが巻かれ、いつもは髪を

束ねる紐タイで縛ってあった。父親はインヴァネスとし

わくちゃの借り着を脱ぎ、そこでやっと気がついたのか、

よろよろと壁まで行って照明のスイッチを切った。

「危ねぇ、危ねぇ」

暗がりでかすかにつぶやくのが聞こえた。

 カーディングはのろのろと厚地のシャツを肩に引っか

けて居間を横切り、冷蔵庫を開けた。だが舌打ちととも

にまた閉めて、キッチンの戸棚をがさがさかき回し、飲

みさしの安物ブランデーのボトルを見つけて口に運んだ。

うがいをするように一口、また一口と飲んだが、一分後

にはボトルはすっかり空になっていた。

 「父さん」

バーゼルは、父親が居間へ戻ってきたとき、もう一度そ

っと声をかけた。だがそれきりで口をつぐんで、あとの

言葉をのみこんでしまった。父親は壁にかけたパネル――

浜辺でさんさんと陽光を浴びた母親の姿を写した大きな

パネルの両脇に両手をそれぞれついて、母親に面と向か

って立っていた。その顔は傷のせいで滑稽だったが、ま

なざしは真面目だった。

「俺は、お前が好きだフィービ」

と、カーディングは重々しくつぶやいていた。

「だがもしお前がコオを選ぶんなら、いいさ、さっきヤ

ツをそっちへ送ったからな。二人で楽しく過ごせ、俺が

行くまで」
  (つづく)
by Hanna
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