安らぎの港町  Port Kab=Mindar‘the HAVEN’

ポート・カブミンダー・ストーリー

SCENE 7
 “タチアナ・デュウ”は38丁目のクラブだった。電飾

の一つもないが、観音開きの自動ドアをくぐると等身大

の立体映像が迎えてくれる。それはバーゼルたちに言わ

せれば「大昔の」シンガー、タチアナ・サンバーグの虹

色の幻で、「大昔の」ヒット曲のリフレインをくり返し

歌っている。


               メイ・デュウ
 夜明け前のおさんぽで見つけた五月露
      デイア
 わたしは女神になれるかしら
    デューン オフ・ワン・シュウ
 海辺の砂丘 片方靴ぬいで
                  メイ・デュウ
 あなた知ってる 星はみな いつかの五月露

 ラ・レラ・レラ・リイ



 少年たちはばらばらに店の入り口までたどり着いたが、

そこからはマーヴィンが先頭に立ってドアをくぐり、ま

っすぐに往年のタチアナ像にとびこんでいった。永遠に

歌い続ける彼女の幻の後ろに“顧客”専用リフトがある
        スマッグル・マーケット
のだった。地下は密貿易取引所を兼ねたバーになってい

る。

 このリフトには扉がなく、ウインクするタチアナの顔

がいっぱいに描かれた壁が、目の前をよぎった。カクン

と停まると、少年たちは前に垂れたカーテンを押し分け

て店に入った。サフリとミハイルはスウィッチブレイド

を握りしめ、あとの者はポケットやベルトのハンドガン

へ手をやり、腰を落としてさもいかめしく身構える。

 「お揃いでいらっしゃいだァ。ハイ、坊やたち。ミル

クもあるよ。コルピッバから直輸入の極上ミルクがさァ」

大男がカーテン近くのスツールに腰かけていて、からだ

に似合わぬ細い声を出した。キラキラ光るピエロ服を着
      ローカルフォン
て、片手に域内通信機を持っている。

 リフトの前方はカーテンでできた細い通路で、つきあ

たりにカウンターがちらと見えた。カーテンの左側の空

間はまだシンとしていたが、右の空間では宵の口から人

身売買の取引が始まっているらしく、隠語だらけのシビ

アな会話が高くなり低くなり聞こえてくる。だがサフリ

以外の少年たちにはそれほど珍しい場所でもない。ミハ

イルは落ち着き払って大男に訊いた。

「ヒッターズの誰か来てる?」

「お前のパパが来てるよ。呼ぶかい? いや呼ばない方

がよさそだなァ」

ピエロ男は少年たちの顔ぶれをひとわたり見回して言っ

た。

 ナジャスが前に進み出ながら、背中に回した左手の指

を一本立てた。開始の合図。

 突然彼は、ドスのきいた声でピエロ男の巨体に面と向

かってほえたてた。

「俺たちゃお前に言ってやるコトあったんだよな、ふぬ

けのエリー。去年“スリー・シスターズ”で…」

「何言いだしやがンだこのガキ」

ピエロ男はイヤな顔になった。頬に描いたとりどりのメ

イクがゆがむ。

 ナジャスとルーカス、それにコーニーにサフリが、い

っせいに大声ではやしたてた。

「エリーはティキに手ェつけた。惚れてこっそり手ェつ

けた。目玉商品キズモノで、店のランキング急降下!」

 遠くのカウンターあたりに見え隠れしていた二、三人

の男が驚いたようにこっちを見た。エリーは黙れと叫ん

で手近にいたナジャスをひっつかもうとしたが、同じ瞬

間にルーカスとコーニーがエリーの座っていたスツール

を思い切り蹴飛ばしたので、エリーはあやうく転がり落

ちるところだった。

「誰だガキなんかここへ連れて来たのは。うるさいぞ」

カーテンの向こうから怒った声がした。

 「口説き上手なミスター・エリー、いつも商品の毒味

かよ?」
         エリー・ザ・フール
「口止めのヘタな道化のエリー、ティキがしゃべっちゃ

おしまいさ」

「店主のメンツは丸つぶれ、“スリー・シスターズ”は

丸焼けだ!」

少年たちは口々に叫んだ。

 ティキというのは去年までは彼らの仲間だった、鼻っ

ぱしの強い十五歳の少女である。コーニーの親戚で(コ

ーニーにはやたら親戚が多かった)、男勝りの小悪党、

ナジャスをふくめた一同を仕切っていたものだ。だが毛

虫がチョウになるように突然彼女は変身し、フォールン

でも老舗のクラブ“スリー・シスターズ”から売り出し

た。エリーはそこのガードマンだったが、ティキに首っ

たけになってしまい、さんざんごたごたしたあげく、上

得意だったヒッターズの要注意人物を怒らせて、店は放

火された。ティキは今はメリーゾーンにいるという。



 さて、少年たちが騒いだので、カウンターの男たちが

彼らをつまみ出そうととび出してきた。こういう悪党予

備軍のガキどもは、結構いろんな情報を見聞きしている。

時には使えるが、たいていは度が過ぎたいたずらの一環

として、世間の親並みにしかりとばす方が多い。

 少年たちはなおもわめきたてながら四方へ散った。エ

リーは腹を立てたものの、誰からとっつかまえたものか

迷ってしまった。

「ヘッ、ピエロ服が似合ってら、ド助平野郎」

ルーカスはお坊ちゃんフェイスからはおよそ遠いセリフ

を投げつけるとハンドガンを三、四発床に撃ちこんだ。

それから身をひるがえすついでにカーテンを引き倒し、

リフトへさっととびこんだ。

 リフトにはナジャスが乗っていて、すぐ動きだした。

コーニーは二人の年少者を連れてもう一カ所の出口であ

る非常階段へ向かっている。

 「あんましやりすぎンなよ。本気で怒らしたらヤバい

じゃねェか」

ナジャスが言った。言葉のわりに本気で心配している気

配はない。
  アリウェイ
「“裏町”ヒッターズが、メリーゾーンまで追っかけて

来れるかよ」

とルーカス。服の埃をはらって澄ました顔をしている。

「てめェもヒッターズだろ」

あきれたようにナジャスが横目を使った。リフトが停ま

って二人は永遠のタチアナの身体を通りぬけ、そろそろ

にぎわいだした通りへ戻る。コーニー、サフリ、ミハイ

ルがいる。

「うまくいったかな、バーゼルたち」

「だいじょぶさサフリ。さ、あっちへまわるぜ」

 彼らは人通りの間、電飾と影の境目に身を隠すのが得

意だった。しかも、固まって行動するのはほんの一時で、

あとはバラバラに散開してしまうので、大人たちの裏を

かくこともできる。カウンターの男とエリーはタチアナ

の立体映像の後ろの暗がりで立ち止まった。子供が騒い

でとびだしても平気だが、ギャルソンの正装の男やどで

かいピエロがとびだすと、ちょっと目立つ。どのみち彼

らはガキどもを追い払えればそれでいいのだ。


               メイ・デュウ
 夜明け前のおさんぽで見つけた五月露
    デイア
 私は女神になれるかしら



 永遠のタチアナを裏側から眺めて、ピエロのエリーは

舌打ちをした。立体映像からさす交錯した虹色の光に、

頬に描いたショッキングピンクの涙の粒がキラリと光る。

ティキはあばずれだったが、よくこの店のタチアナに対

抗して歌っていた、と彼は思い出している。


   デヴィル
 私は悪魔になれるかしら

 ラ・レラ・レラ・リイ
by Hanna
 


 

SCENE 8
 夜明け前にバーゼルは、ディスプレイボードの側で目

を覚ました。着替えた父親が居間を横切ってキッチンに

入っていくところだった。眠い目をこすりながら覗くと、

カーディングはキッチンのひきだしに数枚の紙幣を入れ

ながらふり向き、

「使っていいぞ」

と言った。

 それから、ダストシュートの裏側から古いカンヴァス

にくるんだ2丁のハンドガンと弾倉を取り出し、1丁を

装填し、居間へ戻ってきてバーゼルにそれをくれた。父

親の動作は昨夜とうってかわっててきぱきして、何かに

せかされているようだった。家全体がなおよそよそしく、

しかもバーゼルにはわからない雰囲気をかもしだしてい

る。イヤな気がした彼は、そっとハンドガンをディスプ

レイボードの下の棚に置いた。

 父親は残ったハンドガンと弾倉をふところにしまうと

洗面所で手早く髪をとかし、ゴムでパチンと束ねた。長

髪は小さな黒いシッポのように彼の首からチョロリと垂

れさがった。いつもの仕事前の身支度だった。

 鏡に映る顔の方はまだはれていて痛そうだった。だが

父親は気にとめぬ様子で玄関へ行き、昨夜とは別のグレ

イのコートをハンガーから外すと、またバーゼルをふり

返った。目の周りがふくれているので表情は読めなかっ

た。バーゼルはウォッチフォンのパスワードを聞いてお

こうと思い、ディスプレイボードを離れて玄関へ行った。

 「できたら帰る。ちゃんと学校行くんだぞ」

カーディングは早口でそう言ってコートを着ようとした。

「父さん、パスワード…」

「何だ」

「紙なくしちまった」

 カーディングはズボンの左ポケットから昨日も使った

メモ用紙を出して走り書きをし、ちぎってバーゼルにく

れた。用紙の残った部分には、昨日はなかった書きこみ
        パルス・バッテリー
が数行あった。“脈拍電池”“埋めこみ手術”などとい

う、ふだんの父親には無縁と思われる言葉が、バーゼル

の目にとまった。

 「俺のこと誰にも言うな。何かあったらアンディに電

話して頼め」

父親はコートの袖に右手をそうっと通しながら、事務的

に言った。

「父さん」

「何だ」

「いつ帰るの?」

「わからん。そう言っとけ」



 父親は行ってしまった。バーゼルは居間に戻りながら、

いったい誰に“そう言っとけ”なのだろうと頭をひねっ

た。アンディ・キートだろうか? アンディは父親の古

い友人で、メリーゾーンにインテリアの店を出している

男だ。家にあるベッドや家具はほとんど彼の店で安く買

ったと、いつか言っていた。

 冷蔵庫のイオン水を一口飲んだあと、バーゼルは寝室

に行き、壁にとりつけた充電器から母親のウォッチフォ

ンを取り出した。ためしにパスワードをうちこむと、楕

円形のディスプレイから時刻表示が消えて、ぱっとオレ

ンジ色の花の映像が咲きでた。さらに“アンディ”とう

ちこむと、薄茶色のチョビひげで笑う男の顔と、住所や

電話番号が現れる。だが今すぐ電話をかける気はなかっ

たので、バーゼルは解除キイを押し、かわりに思いつい

て“カード”とうちこみ通話キイを押してみた。まじめ

くさった父親の写真が現れたが、その下に、



  !!!生体反応プレートにトラブル有り。

         調査中につき現在通信不可!!!



 予期せぬ表示にバーゼルは無意識に眉をひそめ、彼に

は難しいその文句を落ち着いて読み直そうと、ウォッチ

フォンを持ったまま居間へ移動した。母親の姿がなくな

って以来、どうも寝室は居心地が悪いのだ。

 不意に居間のカーテンの隙間から一条の光がさしこん

で、ウォッチフォンのディスプレイに当たった。瞬間、

文字は消え、もう一度オレンジ色の花が鮮やかに開き、

バーゼルの目を見開かせた。母親らしいジョークのよう

な気もして、バーゼルはウォッチフォンをそのままポケ

ットにつっこみ、カーテンを細めにあけて外を覗いた。

 冷たく晴れた冬の夜明けだった。
  (つづく)
by Hanna
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