安らぎの港町  Port Kab=Mindar‘the HAVEN’

ポート・カブミンダー・ストーリー

SCENE 17
 コーニーがダフの店に連絡した。店の誰かが出て、ダ

フはもう出かけたと答えた。コーニーは続けてダフのキャ

リーカーをコールしたが、つながらないようだ。その間

に、ヒッターズの男たちは終始無言のまま、霧にとけこ

むように姿を消してしまった――倒れているカーディン

グと、少年たちを残して。

 倉庫街は、リーンタイムやコロナ・ボレニセスなど外

国のトレーディング・コンサーンの借用地だったので、

誰にも邪魔されることなく密貿易の取引や荷の積みおろ

しができ、殺人もできる場所だった。フォールンの南部

にはあちこち虫食い状にこういった租界地が存在してい

た。そんな場所へ追い立てられるなんて馬鹿だ、とバー

ゼルは思った。

 それにしても、ヒッターズの連中、正確に言えばマル

ヴァ・コオのかつての仲間や新たに出てきたトアーズの

部下たちは、いやにさっさと引きあげたものだ。そう思

ってそっと隣のルーカスを見ると、

「あそこさ」

ルーカスは低くつぶやいて向こうに駐車中の大きなトレ

ーラーを目だけで指した。濃い夜霧も手伝ってろくに見

えないが、その暗いフロントグラスの内側に人影がいく

つかあり、それがトアーズの一行らしかった。

「そしてあっちがリボフ」

ルーカスは反対側の別のトレーラーへ視線を移して囁い

た。

 大物二人になお見られていることが分かったバーゼル

は、コーニーに合図してダフへの電話をやめさせようと

した。だが一瞬早く、コーニーは目を上げ、顔は伏せた

ままウォッチフォンで二言、三言受け答えをした。髪に

細かい雨粒が光っている。やがて、

「ナジャスから連絡あったって。リボフに捕まりそうに

なってドックのウィンディんとこへ行ったんだと。そし

たらウィンディが言ったって、『狩は港から始まった。

港へまた戻って、もうじき終わる』」
    ハ ナ
「じゃ最初からここへ追いこむつもりだったんだ」

バーゼルはトレーラーの方を見やりながらつぶやいた。

別にくやしいわけではない。悲しいわけでもない。ヒッ

ターズの動きがつかめて納得したので、妙にすっきりし

た気分だった。

「で、ナジャスは?」

ルーカスが訊いた。

「ウィンディんとこの四人と一緒にこっちへ向かってる

ってさ。もう来る頃だろ。町中、ビーチの連中がうろう

ろしていたって」

 少年たちはそれきり黙りこみ、寒そうに首をちぢめな

がら足踏みをしたりその辺を歩き回ったりした。もう危

険はない。捕り物は終わったのだ。それなのに背中がゾ

クゾクするのは、カーディングがそこで倒れているとい

う事実、そしてそれを見すえるトレーラーの暗い窓だっ

た。がらんとした夜中の空き地を、雨がじとじととぬら

し続けた。



 やがて向こうの建物の間を、ヘッドライトがゆっくり

と通り過ぎた。

「来た」

コーニーがそっちへ駆けていった。一分もしないうちに、

一台のすすけた黒っぽいランドローバーがパーキングへ

入ってきて停まった。港の廃船ドックの男が四人、ナジャ

スを先頭に立てて下りてきた。

 ルーカスが無言でカーディングの方を指した。男たち

はそっちへ行ったが、ナジャスはちょっと立ち止まった。

匂いで周囲をさぐる猟犬のように、彼は鼻に一瞬しわを

寄せ、チラチラッと左右のトレーラーに目を走らせた。

それから、

「ビーチの連中に追っかけられて散々走らされてな。お

まけにリボフまで俺をとめようとしやがった。『お前も
  こ  
フォールンでやってくなら、ためにならんぞ』とか言っ

て。とにかく時間くっちまったんでウィンディの助けを

借りた」

それは、トレーラーから見ているだろうリボフたちへの

牽制であると同時に、約束の場所に現れなかった弁解だ

った。ナジャスは決して謝るということをしない。だが

詫びている気持ちなのがよく分かる。

「いいって。気にすンなよ」

コーニーが言った。バーゼルはうなずいて同意を示した。



 突然、エンジンの始動音が響いた。まずリボフ、それ

からトアーズの乗ったトレーラーがバックして、夜の大

きな獣のように静かにパーキングを出てゆく。一同はホ

ッとして緊張から解き放たれた。

 ルーカスはナジャスの視線を避けるようにして、カー

ディングの周りにしゃがんでいる男たちの方へ行った。

それをちらと見たナジャスが、

「結局あいつも来たのか」

小声で控えめに言った。ルーカスにはしかし、それが聞

こえたらしい。立ち止まると肩越しにふり返ってぽつり

と言った。

「見届けたかったんだ」

 ナジャスはルーカスの方へ向き直った。

「お前、ヒッターズの計画知ってたな」

ルーカスは黙ってこちらをふり向いたまま立っていた。

「何だと、じゃ何で早く言わねエんだ、え…」

コーニーがわめきかけたが、言葉の途中で急に勢いがな

くなり、口をつぐんでしまった。ナジャスはじっとルー

カスを見ていたが、表情は平静だった。ルーカスも無表

情のままゆっくりときびすを返して彼らのすぐ前まで戻

ってきた。

「だから?」

とルーカスは言った。穏やかな顔だった。絹糸のような

髪がぬれ、額にひっついているのがバーゼルにも見えた。

ルーカスはゆっくりと話した。

「今日、こっちへ来た時、リボフんとこのやつから聞い

たよ。“今晩カーディング・パイムを狩り出すんだ。や
                     ビッグ
つは港にひそんでる。チャスティア・ビーチの大ボス殿

も呼んで、巻き狩りだぜ、来ないか”って。“大ボスっ

て、トアーズか?”って訊くと、“他にどんなスリーB

がいる? ビッグ・ボス・オブ・ザ・ビーチさ”って。

俺は用事あンだって断ったよ。そのあと、みんなに会っ

てさ。だけど、どうせ助けだせっこねえと思ったよ。リ

ボフまで加わってンだぜ。昔はそんなことなかったのに。

カーディングは有名になりすぎたんだ」

「トアーズの連中が港から追い出す。北上したとこをコ

オの昔の仲間とリボフんとこのやつらがはさみうちにし

て、また港へ追い落とす、って計画だったらしい」

カーディングの側からこちらへ来たドックの男が、付け

加えた。

「だけどトアーズなんて、カードに何の関係もねェじゃ

んか。カードが荒らしてたのはこのへんだけだぜ。ビー

チなんて全然別じゃんかよ」

コーニーが今度は失速せずに叫んだ。

「やつら楽しんでンのさ。トアーズ、女連れで見物に来

てたもんな」

バーゼルはそう言いながら、またスージのことを思い出

した。

 「とにかく、ゲーム・オーバーだな」

辛気くさい声でナジャスがそう締めくくった。

「だから俺、フォールンもブラック・ポートもでェッき

れェだ。汚ねぇよ! よってたかってカードを殺しやが

って。俺はこんなとこはイヤだ。イヤだよ」

コーニーは少々ヤケになって、ナジャス的な締めくくり

に反対した。だが誰も彼の言うことを聞いていなかった。

 バーゼルたちのような少年でさえ、フォールンの古顔

なら誰もが知っていたのだ。フィービに惚れすぎて墓穴

を掘ったマルヴァ・コオと、彼とカーディングによって

威信を傷つけられたヒッターズの怒りを。
                       アカウント
 …マルヴァ・コオは自分の管理するヒッターズの口座

の幾つかを、フィービと自分の生体認識プレート2枚セ

ットでID登録していた。フィービがねだれば一緒に手

をかざして幾らでも金を融通してやるために。フィービ

が死ぬと、彼女のプレート登録情報はすべて夫のカーディ

ングに相続されてしまった。

 カーディングはマルヴァ・コオを殺した直後、彼の手

のひらからプレートをえぐり取って自分の手に移植した。

そのプレート情報とフィービの登録情報を使えば、ヒッ

ターズの口座の金はカーディングのものだった。さらに、

ヒッターズが慌ててコオを除名扱いにするまでの数十時

間、幹部であるコオのプレートで、ヒッターズの全情報

やサーヴィスも引き出せた。カーディングがどれだけそ

れを利用したかは分からない。だが一介のシロウトのよ

そ者にそんなことをされて、ヒッターズが許しておける

はずがなかった…



「カードをどこへ持ってく?」

ドックの男が尋ねた。バーゼルに向かってではなく、ナ

ジャスに訊いたので、ナジャスはバーゼルの顔を見た。
    ち
「俺ん家へ運んで」

バーゼルは以前から決めていたことのように答えた。ル

ーカスが彼を見た。バーゼルは大丈夫というしるしに少

し笑ってみせた。

 男たちがカーディングを車に乗せ終えた頃、また一台

のキャリーカーがパーキングに入ってきて、ダフが下り

てきた。

「ずいぶん捜したぜ。…みんなずぶぬれだな」

ダフはわざとふだんの口調を作りながらそっとつま先立

ってカーディングを見に行った。すると、キャリーから

こわごわ、マーヴィンの褐色の頭がのぞき、彼も車を降

りてバーゼルの側へ駆け寄ってきた。

「だいじょぶかバーゼル」

マーヴィンはバーゼルの両腕をつかんで心配そうに顔を

覗きこんだ。

「俺、お袋をはり倒して来ちゃったよ…ダフィーが電話

くれたんだ。ああ…何てったらいいのかわかんねェよ」

「大げさだな」

バーゼルは笑ってマーヴィンの肩をたたいた。まるで彼

がマーヴィンを慰めているような恰好になった。

 四人のドックの男がランドローバーでカーディングを

運び、少年たちはすし詰めにダフのキャリーに乗りこん

だ。バーゼルはリアシートにマーヴィンとルーカスには

さまれて座った。

 ふとルーカスが言った。

「俺、ついてってやろうか」

「いいよ」

「ソーシキしなきゃならないぜ。やり方分かるのかよ?」

「お前分かるの?」

バーゼルは問い返した。

「いーや。でも…」

「いいんだ。アンディ・キートってとこへ連絡するんだ」

「キート?」
              ファーニシャー
「知ってる? メリーゾーンの家具屋」

「知ってる。パン・スクエアに店あるだろ」

「よく知ってンな」

半分嫌味でバーゼルは言い、ニヤッと笑った。

 ルーカスはちょっとの間、無言で前を見つめていた。

ぬれた前髪がまださっきと同じ形で額にへばりついてい

る。

「俺さ、もう戻って来ねぇぜ」

やがて彼は低い声で言った。

「何で?」

「見届けたからな、最後まで、俺が始めたこと。…もう

フォールンに用ねえんだ」

 バーゼルはその言葉にはっとして彼を横目で見た。そ

れから、その潔さに水をさすのをためらいながら、しか

しやはり言おうと決めて口を開いた。

「じゃパネル見に来る?」

 ルーカスは結局この五年の間、一度もバーゼルのアパ

ートに足を踏み入れず、フィービのフォトパネルを見て

いないのだった。見たいと言っていたのに、そして機会

は何度もあったのに、どたんばでいつも彼はするりと態

度をひるがえす。まるで見たいと漏らしたあの瞬間をう

ち消したがっているように。

「いいんだ、もう用ねえから」

 この時も、ルーカスは完璧なポーカーフェイスでほほ

えみながら答えた。

 バーゼルはしばらく黙って、ルーカスの言ったことを

理解した。そして、

「フォールンは“ゲーム・オーバー”だもんな」

と言った。

「そ。お前、物わかりいいぜ。さすが、俺の弟」

ルーカスはニヤリとした。バーゼルもニヤリとした。そ

れが彼らの別れの挨拶だった。



 車が停まった。バーゼルのアパートの前だった。彼は

マーヴィンを押しのけて車を降りた。すぐ前にランドロ

ーバーが停まり、男たちがカーディングを運びおろして

いた。

「二階」

と、バーゼルは彼らに向かって言った。
    オーバー・ザ・クロス
 「今日、学校行く?」

マーヴィンが首を突きだして訊いた。もう真夜中を回っ

てだいぶたつ。

「いや、行かねぇと思う」

「そだな。昼くらいでやめにして、俺、来るよ」

「またマミイに泣かれるぜ」

「平気さ」

 細かな水しぶきをあげて、ダフのキャリーは走り去っ

ていった。バーゼルは男たちの先に立って蛍光ラバーの

はげた非常階段を上り、ドアの反応盤に手のひらを押し

つけた。

 またダフにスージのこと言おうと思って忘れた、と彼

は思った。
  (つづく)
by Hanna
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