結論 女性にとって厳しい時代


 以上が『指輪物語』に登場する、あるいは登場しない女性たちについての考

察である。癒し手、はぐくみ手、生命を愛する者としての女性を考える時、

『指輪物語』の女性たちは十分な役割を果たせていない。この意味では、ラム

バートの発言にもうなずけるところがある。

 そしてその理由は、秩序や豊穣、平和を愛する人々が存在場所を見つけられ

ないような時代に、彼女たちは生きているということである。エオウィンは男

に変装しなければならなかった。ガラドリエルは小さくなって中つ国から去ら

ねばならない。アルウェンは、世界が若かったころのルシエンのように活躍す

ることができない。エント女たちはおそらく絶滅し、ホビットの女性たちはあ

えて物語に登場しない(6)。

 そしてトールキンはこれらの女性たちの不在を寂しく思っているようである。

彼は、女神が大地や多産、豊穣、愛などの象徴として登場する古代西欧の神話

の影響下に独自の神話体系を創り出した。『指輪物語』はこのオリジナル神話

の上に構築された一種のサガ小説であり、その時代は神話時代ではなく、神話

を遠いエコーとして感じる現実の我々の時代に似ている――どちらの時代にも

世界規模の戦争があり(冷戦時代には一つの指輪を原爆とみなす人々もいた)、

環境破壊がある(『指輪物語』は60〜70年代のエコロジー運動家たちにも影響

を与えた)。そして生命のはぐくみ手として、より鋭い感受性を持つ女性たち

にとっては、どちらの時代も次第に暮らしにくくなっていっている――男性に

とっても、そうなる可能性がある。女性のいないところでは、何ものも育ち得

ないからだ。

 従って、現実世界に生きる私たちは『指輪物語』になぜ女性がほとんど出て

こないかを、他人事としてでなく考えてみる必要がありそうだ。物語の中の女

性の欠如は、現実世界に対しても、女性の住めない世界をつくるなという警鐘、

ととらえることもできる。

 しかし、『指輪物語』の世界がすべての女性を失ってしまったわけではない。

戦争が終わった後もエオウィンは生き残り、またホビットの女性たちもたくま

しく生き抜いてゆくだろう。そして彼女たちが、荒廃した土地から新しい、よ

りよい世界をはぐくんでいくだろうと期待される。

(6)わずかに出てくるホビットの女性はロベリア・サックビル・バギンズと

ロージー・コトンである。フロドが旅立つ時すでに百歳のロベリアは、ホビッ

トの頑強さの見本である。トールキンは終始ユーモアをまじえて彼女を描いて

いるが、その底に一種尊敬の念が感じられる。だからこそロベリアの執念と頑

固さはサルーマンのもたらした荒廃を戦い抜き、留置穴から傘を握って復活を

とげる。この感動の場面は、厳しい時代に庶民がどう生き抜くかを、読者に教

えてくれる。ロージーについては

             →<『指輪物語』から恋心とカップルを探せ!

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参考文献

 テキスト J・R・R・トールキン『指輪物語』3部作
                       瀬田貞二訳 評論社 1972
 その他 J・R・R・トールキン『シルマリルリオン』
                       田中明子訳 評論社 1982
     ハンフリー・カーペンター『J・R・R・トールキン 或る伝記』
                       菅原啓州訳 評論社 1977
     季刊雑誌『幻想文学 インクリングス』  幻想文学出版会 1985

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