2.ミクロコスモスとしての“一つの指輪”
A)“力の指輪”
“一つの指輪”の作り主、冥王サウロンは何年もの間それをなくしたままだ ったが、今や指輪を捜し始めた。ガンダルフはフロドに、「もしもかれが一つ の指輪を取り戻すことがあれば、…他のすべての指輪【エルフの指輪、ドワー フの指輪、そして人間の指輪】が、たとえどこにあろうと、かれの意のままに いきもの なるじゃろう」[1巻93]と警告する。つまりこの指輪は、中つ国の被造物全て を統べようという冥王の目的を達成するための主たる道具なのだ。指輪は「力 の指輪」[1巻101]と呼ばれている。 指輪の力は、それを持つ者を誰であれ堕落させることができる。つまり、誰 もが世界を統べる力をふるいたいという欲望の源を持っているのである。もう 一人の魔法使いサルーマンは、指輪によって堕落してしまう。「支配する指輪 があるじゃないか? われら二人であれが自由に使えたら、その時は権力もわ れらに移るのだ」と彼はガンダルフを説き伏せようとして言うが、失敗する [2巻91]。善なる三つの指輪の一つを持っているエルフの女王ガラドリエルさ え、そのような欲望を持つ。「長の年月、万に一つあの大いなる指輪がわが手 に入ることがあれば、わらわにはいかなることができようかとつらつら考えて きたのですもの」と彼女は言っている[2巻288〜9]。実際、その者が賢く強い ほど、そのような欲望も大きくなるのである。幾時代も前、「ガラドリエルは、 【西方の楽園から中つ国へと】切に行くことを願った。」 というのは、「かの 女は無防備の広大な地をその目で見て、その地で自分の思い通りに統治する王 国が欲しいと切に望んだからである。」[『シルマリルリオン』上131] しか し今では彼女は、フロドが探索の旅の途上で指輪をさし出したときも、これを 拒む。 指輪の力はまた、最も素朴な登場人物の一人、フロドの召使いの庭師サムを も誘惑する。探索の旅の終わり近く、フロドが一時的に仮死状態となった時、 ちから サムは主人の代わりに探索を遂行するために指輪を取る。すると、サムの権力 への意志は、世界を彼ひとりの庭にしたいという欲望となって表れる。 彼の心には気ちがいじみた幻想が沸き起こってきました。すなわち、 今紀最大の英雄・強者サムワイズ…号令一下、【サウロンの国の】 ゴルゴロスの谷間は花と樹木に埋もれた庭と化し…。かれはただ指 輪をはめ、これを自分のだと宣言すればいいのです。そうすればこ ういうことがすべて可能となり得るのです。 [6巻16] しかしフロドへの愛と単純で善良な常識が、サムを我に返らせる。 ローズ.A.ジンバルドは、このような指輪の力は「我々の誰の中にもひそむ 暗い欲望」(8)であると述べている。またこれは、A.アドラーが、人間を行動さ せる本質的な原因と考えた人間の“権力への意志”という語(9)に相当する、と 私は考える。ある者の心がどんなに善であろうと、“一つの指輪”はそれを悪 に変えてしまう†。半エルフのエルロンドが言うように、「どんなものもその 始まりから悪いということはないのだから。サウロンとて例外ではなかった」 [2巻105〜6]のである。それで、三つの善なるエルフの指輪の所持者であるエ ルロンド、ガラドリエル、そしてガンダルフは“一つの指輪”を受け取ること を拒む。一方、『はてしない物語』では、アウリンを持つバスチアンは最初無 私で賢い者になろうと望んだにもかかわらず、しまいには専制的な帝王になろ うという欲望を持つに至ってしまう。
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