2.ミクロコスモスとしての“一つの指輪” (つづき)

E)譲り渡し


 従って、フロドの言うように、「私はホビット庄を安泰に保とうとした。そ

してホビット庄の安泰は保たれた。しかしわたしのためにではないよ。」[6巻

270]──つまりわたしのためではなく、次の個性化のためなのである。なぜな
                        リング リフレッシュ
ら、新たな生命の実現化だけが、くり返しめぐる時の輪を新しくすることがで

きるからだ。そしてその時のめぐりの中で、彼の探索は受け継がれ、不滅のも

のとなる。このことこそ、「人間の死、すなわちこの世を離れねばならぬとい

うこと」が「イルーヴァタール【創造主、一なる者】の贈り物」[『シルマリ

ルリオン』下14]であるゆえんなのだ。そこでフロドはサムにさよならを言っ

て、西方へ向けて船出してゆく。



   お前はわたしの相続人だよ。わたしが持っていたもの、持ったかも

   しれないものはことごとくお前に残すからね。それからお前にはロ

   ーズがいる。エラノールもいる【サムの妻と娘】。…それからもっ

   とたくさん、わたしの見られない者たちも生まれよう。お前の手と

   お前の知恵は方々で必要とされるだろう。…そしてお前は赤表紙本

   【フロドたちの探索の記録】からいろいろなことを読み、過ぎ去っ

   た時代の記憶を絶やさずに伝えるだろう。そうすればみんなは大い

   なる危険を忘れることなく、それだけいっそうかれらの愛する国を

   大事に思うだろう。そしてお前はそうすることによってだれよりも

   忙しく幸せにやって行くだろう、物語の中でのお前の役割が続く限

   りね。                     [6巻270〜1]


                          リング
そして、ビルボからフロドへの譲り渡しで始まった物語の輪は、フロドからサ

ムへの譲り渡しと共に完結し、灰色港から家に帰って来たサムの「今、帰った

だよ。」[6巻276]という言葉で終わる。

 これとは反対に、退場を拒み生命を次の世代に譲ることを拒んだ者は、ジン

バルドの言うように、権力と不死性を求めることになる。


                  ネクロマンサー        ネクロ
   “一つの指輪”の誘惑は…中世の魔術師【冥王サウロンは「死人
   マンサー
   占い師」とも呼ばれていた[2巻72]】から、現代の低温科学者に

   至るまで、全ての時代の力ある者たちに示される誘惑である。──

   すなわち、世代交替のサイクルを己れのいいように凍結させること

   によって、おのが時をすべての時とし、己れ自身やおのが種族を不

   滅とする、という誘惑だ。


                                 リング
従って暗黒の指輪の主(the Dark Lord of the Rings)サウロンは、時の輪を
             シンボル
凍りつかせる誤った不滅化の象徴であり、一方、真の指輪の主(the Lord of 

the Rings)は、デボラ&アイヴォア・ロジャーズが述べているように、「指

輪を手放しあるいは拒んだ者」(29)すなわち指輪の力に打ち勝って、真の個性化

の過程を経た後、譲り渡しという方法で世代交替による真の不滅性を獲得した

者すべてであるといえるだろう。

  (29)…ロジャーズ P.143

†〈譲り渡しを拒む者〉 …譲り渡しを拒むのは、時のめぐりへの挑戦

であり、自然法則への反抗である。例えばC.S.ルイスのナルニア・シリーズ

『ライオンと魔女』では、魔女が文字通り命を凍りつかせる。魔女は「だれを

も石にかえる…ナルニアをいつも冬にしているのよ──いつも冬のくせにクリ

スマスにはならない」[P.57〜8]。降誕祭(クリスマス)にならないとは、

新たな誕生がないということだ。また、『はてしない物語』のバスチアンは、

「すべてのものの運命を一手に握って永遠に動かしつづける」[P.479]帝王

を夢見る。この対極が、真の女王幼ごころの君による「統治なき統治」である。

ただし、彼女のような放任的な君臨には落とし穴がある。つまり人々が彼女の

存在を忘れてしまうこと。幼ごころの君は永遠不滅の存在だが、生命凍結型の

邪悪な不死の王と違って、くり返しくり返し新しい名(存在の象徴)が要る。

名付けられることは新たな誕生であり、幼ごころの君は名付けられるたびに生

まれ変わっているのである。同じイメージは「“色のある死”グラオーグラマ

ーン」にもある。グラオーグラマーンは「毎晩夜になると死に、朝になると甦

るのです。…そのたびに永久なのです。」[P.307]

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