3.マクロコスモスとしての“一つの指輪”

A)歴史の円環性

       シンボル
 次に、世界の象徴としての指輪を考えてみる。物語を読みながら、フロドや

彼の仲間とともに中つ国の様々な地方を旅してみると、中つ国が古代の遺跡で

満ちていることが分かる。彼らの旅は、古墳山[1巻259〜78]からミナス・モ

ルグルのふもとの十字路[4巻203〜6、5巻278]に至るまで、史跡めぐりの観光

旅行にもみえる。また彼らは古い時代の歌や物語を多く聞く。例えばルシエン

とベレンの物語[1巻368〜78]、エアレンディルの歌[2巻37〜44]などなど。

 さらに、ライオネル・ベイズニーは、ある種族の文化的神話が具現するとい

う現象を指摘し、それらを「実現化」と呼んだ(30)。例えば、ローハンの騎士

たちは、ホビットたちや忘れられた北の王国の世継アラゴルンを見て驚き、

「夢や伝説が草の中から甦るとは」[3巻51]と言う。古代の遺跡で満ちた世

界は、伝説的な出来事が実現化する基盤そのものなのだ。



   「果たしてわれらは昼日中、緑の大地を歩いているのか、伝承の中

   をうろついているのか?」

   「その両方であっても差し支えありますまい。」と、アラゴルンが

   いいました。「なぜなら、われらではなく、われらのあとに来る者

   たちが、われらの時代を伝承に作るのだから。緑の大地、といわれ

   たな? それこそ伝承を作る恰好の土壌ですぞ」  [3巻52〜3]



つまり、同じ緑の大地の上で、古えの伝説は再現される。そして、古代の遺跡

と、忘れられてはいるが現在の現実と、この二種類を「認識する体験」は、

(先に述べた自意識の覚醒とはまた別の意味での)意識の覚醒、あるいは「集

合的無意識」から「知識への誕生」なのである(31)。こうした覚醒は、自由な諸
         ワンネス  リング         リング
種族を邪悪なる“唯我独尊の指輪”に対抗する同盟の輪へと結集させることに

なる。ちょうど古えの時代の「最後の同盟」[1巻355]のように。ベイズニー

によれば、このような覚醒と再現はある特別な時に起こり、トールキンはそれ

を「大いなる年」[6巻369]と呼んでいる。これは、大きな歴史のサイクルが

再び繰り返される、プラトンのいう大いなる年(great year)に相当すると思

われる(32)

  (30)…3.A)に出てくる脚注のない引用は、すべてアイザックスのP.8〜18、L.ベイズニー“『指輪物語』の神話、歴史、時”による。
  (31)…河合隼雄『ユング…』P.89
  (32)…「プラトンによれば全ての星が毎年少しずつ位置を変え、元の位置に帰る年を『大いなる年』という。」平井正穂『失楽園』訳注32)(5−583)。河合隼雄はこの「偉大なる年」について、ユングの「同時性」「意味のある偶然の一致」という語を使って説明している。『ユング…』P.239、241。また、エンデも同様のイメージを描いている。「星の時間…宇宙には、あるとくべつな瞬間というものがときどきあるのだ。…あらゆる物体も生物も…星々にいたるまで、まったく一回きりしか起こりえないようなやり方で、たがいに働き合うような瞬間のことだ。そういうときには、あとにもさきにもありえないような事態が起こることになるんだよ。」(『モモ』P.193)

†〈「実現化」のパターン〉 …ベイズニーの指摘する実現化のパター

ンは、『指輪物語』の内容だけでなく、トールキンが“妖精物語について”の

中で示した神話や伝説と物語の関係にもあてはまる。

‡〈認知の体験〉 …『指輪物語』に出てくる認知には、 (1)古代の遺跡

や歌・物語を知る (2)伝説の具現をまのあたりにする、があるが、どちらも驚

きを伴い、視野を拡大する効果がある。その結果フロドたちは、それら遺跡・

伝承の底に横たわる共通の真理を見極め(「去年も今年も善悪に変わりはない。

…黄金の森の中であろうと、自分の家の中であろうと、善悪を弁別するのが人

たるものの務めですよ。」[3巻60])、その共通真理に基づいて再結束し、友

情と理解の和で団結することができる。「自由の民たちが互いを認識し、彼ら

の共通の運命・共通の敵を認識するのは、ある神話が体験へと転化する過程を

通じてである。彼らの共通の知識は能動的な結束に育つ。まるで彼らの団結が、

文化的・種族的神話の中に隠れていて、活性化し動力的焦点へもっていってく

れる特別な出来事を待っていたかのようだ。」[ベイズニーP.13] 「この物

語の決議するところのものは、サウロンから世界を救い、王の帰還を可能にす

るための仲間の再結集であり、それは一人一人の認識に拠ってたつものであ

る。」[ジンバルドP.68]

 ★また、エンデでは、「いつか、人間たちがファンタージエンに愛をもって

きてくれる時がくる…そして、その時には、二つの世界は一つになるだろう」

[『はてしない…』P.544]。愛というのは、理解と認識から生まれる。お互

いの認識が深まり愛となったとき、物語の登場人物に過ぎず真の愛を持たなか

ったファンタージエンの住人たちは、愛を知る(目覚める)。そのときファン

タージエンは、茫漠たる神話・伝説の無意識から「実現化」し、現実世界と一

つになるだろう(伝説が甦るだろう)、と解釈することができる。

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