3.無事にパリに到着

 華氏らが乗り込んだ飛行機は、なかなか“発車”しない。しば
らくしてアナウンス−−「当機は、ハバロフスク管制の飛行制限
により、1時間半遅れて離陸いたします」。そうか、シベリア経
由の直行便は、出発時間がアテにならない、という報道は耳にし
たことがあるけれど、自分たちがその当事者になろうとは……。
パリには現地の夕方に着く予定だから、遅れたら夜になってしま
うのか?……そんな不安は、間もなく通路を回り、おかきを配っ
てきたスチュワーデスさんの「飲み物は何にしますか?」の一言
で全部帳消しになってしまった。ジンのオンザロックを頼もうと
思った華氏は、喋った。「ジーヌ、アベックグラース。シルブプ
レ?」
 いよいよ離陸。ゴトゴトと、飛行機にしたらあまり得意ではな
さそうな車輪での前進で滑走路の端っこまで走り、エンジンの音
を金属音に変えて加速をつけ、一気に空へ! 「あっ。走った走
った!」。「……ちょっとォ、“飛んだ”って言うてよ」。通路
側に座った妻(離陸の瞬間が嫌いらしい……)に注意されるが、
中央の通路をはさんで片側2列、ちょうど新幹線の車内のような
空間に、すでに1時間半ほども幽閉されていると、飛んでからの
振動といい騒音といい、まさにトンネルの中などを疾走する新幹
線そのもののようである……窓の外の景色が傾いていることを除
けば。
 すぐにエコノミー席との境目にカーテンが引かれ、機内食が出
た。ワインの小瓶を飲む。食事の終わりかけに、「ほかに飲み物
はどうですか?」とスチュワーデスさんが回ってきたので、もう
1本ワインを頼む。「えーっ、まだ飲むのん?」「ええやんか。
どうせあと10時間ほど、することあらへんし、飲んで寝られた
ら、これに越したことはない」。映画が放映されたり、窓のシャ
ッターが下ろされて暗くされたりして、華氏も1〜2時間はウト
ウトした。ヨーロッパに入るあたりで、また機内食。妻の残した
デザート(チョコレートババロア)までいただく。「まもなくシ
ャルル・ド・ゴール空港に到着します」。無事にランディング。
華氏の12時間半の初フライトは、まったく順調だった。予定よ
り1時間遅れの現地時間午後7時20分、新婚夫婦は最初の目的
地、パリ北部のシャルル・ド・ゴール空港に降り立った。

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