31.え? 泊まる所がない?
高速艇アラン・フライヤーは、おだやかな海をひた走り、20 分ほどたった1時前にロザビルに着いた。ここから西は、アイル ランドの中でも風光明媚とされるコネマラ地方で、海からでもい くらか(低いが)山並みが見える。しばらくしてから港に来たシ ャトルバスで、華氏らはまた石ころだらけの牧場や、陽光に輝く ゴルウェー湾を眺めながら、ゴルウェー駅そばの[i]前に戻っ た。街は金曜日ではあるが、いやに人出が多い。何かお祭りでも あるんだろうか、と思ったら、ちょうどアイルランドで一番とい うカキ祭り、オイスター・フェスティバルの初日だということだ った。駅前のエール・スクエアのわきには、人はいないものの、 荷台がコンテナ状のステージになった大型トラックも止まってい た。 華氏らは[i]で、今日と明日の宿を予約しようと思い、カウ ンターで「今日はゴルウェーに、明日はダブリンに泊まりたい」 と言った。だが、「今日、ゴルウェーに? ……オイスター・フ ェスティバルというのを知っているか? ゴルウェーには空いて いる宿はない。それと、明日は週末(土曜)だから、ダブリンで は泊まれないよ」という返事だった。えっ。どうしよう……。泊 まる所がない……。「あのー、高級ホテルでもいいから、ありま せんか?」「No(はい)」。 華氏らは途方に暮れた。「えーっ と、宿のランクは何でもいいですから、何とかなりませんか?」 |
「……それなら、今日はゴルウェーのアトランタ・ホテルなら泊 まれる」「じゃあ、そこで。よろしくお願いします」「明日のダ ブリンは、やはりダメだよ」。……仕方がない。作戦を練り直そ う。 予定では、金曜日にゴルウェー泊、土曜日に鉄道でダブリンに 移動して、ダブリンで見損なった国立博物館やギネス工場などを 見学し、そのままダブリン泊、翌日に空路ロンドンへ、というつ もりだった(日曜日のロンドンのホテルは、日本から予約してあ るので、変えられない)。2人がとっさに考えたのは、◇鉄道で 行けばダブリンの手前になるキルデアに泊まる◇マリンガーに泊 まる◇それともダブリンの少し北のドロヘダで泊まる◇南のウイ ックローで泊まる◇または、あと30分ほどで今日の最後の列車 が出てしまうが、それに飛び乗ることにして(今日のゴルウェー もキャンセルして)、どこか地方で泊まる……。華氏は必死で地 図の鉄道路線を目で追う。「キルデアって、何かあるんか? ア スローンは?」。少しあせり気味に、沿線都市の名前を挙げる。 「アスローン? ふん。そこでもええけど」。妻も疲れてきてい る。「アスローンでええんやな。な。……ちょっと、アスローン なら泊まれますか」「土曜日にアスローン? ……うん。泊まれ るよ」「OK? いけるて。アスローンにしよや」「うん。じゃ あ、そうしようか」。かくて、今日のゴルウェーはともかく、翌 日は華氏にとって何の予備知識もない町に泊まることになった。 → 32「サングラスをもらう」へ |