10.トクしたり、ソンしたり
明けて日曜日。7時半に起きた2人は素早く着替え、朝食をと りにホテル内のレストランへと向かった。エレベーターの0階の ボタンを押すところを、妻は間違って「1」を押した。「あかん がな。1階ちゃうで。ロビー・フロアやで」「あっ、そうか、ご め〜ん」。妻は、間違って1階で開いたエレベーターを閉めるボ タンもわからない。「『F』はフェルメで『閉まる』、『O』は ウブリールで『開く』」「???」。……華氏がすべて操作をし た。 朝食は、前日と同じコンチネンタルのはずなのだが、通された のは喫茶コーナーのようなところ。前日あった卵やハムやフルー ツはなく、ミルクとジュースとパンしかない。案内されてやって くる客は、不思議そうな顔をしながらも、だれも文句も言わずに 引き揚げるので、華氏らも仕方なく、それで朝食をすませた。チ ェックアウトしてバス乗り場へ。エールフランスのパリ往復の切 符を見せれば、送迎はタダになる、と聞いてきたのに、チケット 売り場では「その券を見せて乗れ」というだけ。バスが来て乗る |
と、1人48フランを請求された。「なんや、タダちゃうんかい な。旅行社のヤツは何言うてたんや!」「まあ……トクしたり、 ソンしたりやね」。ぶつぶつ言う華氏を妻がなだめながら、バス はパリ郊外、ロワッシーにあるシャルル・ド・ゴール空港に着い た。 10時45分のエア・インター機でパリを発ち、ダブリンへ。 11時20分着だから、35分のフライトか、と思ったら、時差 が1時間あった。道理で、きちんと食事が出るわけだ。ドーバー 海峡やらアイリッシュ海は雲に隠れて見えず、パリを飛び立った ときに見た田園風景の次に見えたのは、ほとんど高度を下げて北 西方向からダブリン空港へと下りていくときの、やはり田園風景 だった。「あ。あれがアイルランドの大地やで」。しかし、離着 陸の瞬間が苦手な妻は、目を閉じて、けっして窓のほうを振り向 こうとしない。ドオ〜ン! 「あっ。ヘタクソ〜」。やっと妻が 目を開けた。彼女にとってはあこがれの地。しかし、これからは 送迎もガイドも何もない、2人だけの旅行がはじまるのだ。 → 11「ホテルに荷物を置いて」へ |