4.20フラン使う

 夕方、予定より遅れて着いたので、パリ郊外、シャルル・ド・
ゴールの2番到着ゲートには、華氏らのエールフランス便以外の
人はいなかった。ベルトコンベヤーから荷物が流れてくるのを待
つため、係員にパスポートだけちらっと見せて出口へ。「あれ?
入国審査なんて、あれへんのんか?」。不思議がる華氏に、妻は
「よっぽど不審な人しかせえへんのよ。だってこれだけの数をこ
なすのん、たいへんやんか」。出口では<M HANNA……>
と書いた札を掲げて、ホテルから迎えに来た若い男性が立ってい
た。
 「ぼんすわ!」「コニチワ、<ハナダンナ>サンデスネ」「は
い」。無事に迎えの人と出会えた。「う〜、」「リョウガエ、デ
スカ?」「はい」「コッチ」。男の人は、売店で手際よくスモー
ルチェンジをすませてくれ、華氏らのスーツケースを軽々と自分
の車へと積み込んだ。空港から市内・マイヨ広場までは車で30
分ぐらい。男の人は、いくらか英語を話すらしい。パリ到着直前
に時計を合わせた華氏は「こっちではまだサマータイムをやって
いるのか」と尋ねた(つもりだった)。運転手は「It's almost 
winter. 」と答えた。妻は小声で(今のん、夏か?って訊かれた
と思わはったんやで、きっと)と華氏にささやいてから、取り繕
うように「寒いですねえ」などと話しかけ、会話をしていた。元
来が口ベタの華氏は、以後は愛想悪く座席に座っていることにし
た。
 マイヨのメリディアン・パリ・エトワールに着いた。荷物をト
ランクから出してくれた運転手さんに、チップを10フラン。あ
っと思う間もなく、黒人が1人、華氏らの荷物をもってホテルの
中へ消え、荷物置き場へ運んだ。華氏らはチェックイン。部屋番
号をさっきの黒人に言うと、部屋まで荷物を運んでくれた。そこ
でまた、「メルスィ」と10フラン。……ま、とにかく、ようや
く(憧れの)パリだ。部屋に入ると、さっき、何か食べに出よう
か、と言っていたのが、なんだか面倒になってきた。いいや、と
りあえずちょっとここで休もう。出かけるかどうかは、休んでか
ら決めよう……と決心した華氏は、そのプランを実行に移した。

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