30.遥けくも来つるものかな

 アラン諸島のイニシュモア島は、小さな島だが、いちおう港の
近くには観光客用のシーフード・レストランやパブ(数軒)があ
る。ちなみに、イニシュモアの「イニシュ(Inish)」 は「島」
という意味だから、厳密には「イニシュモア島」は重言である。
……さて、華氏らは、まだ明るい7時に、アメリカン・パブとい
う名の店に入った。中では、地元の人?が1人、カウンターでビ
ールを飲んでいた。華氏はギネスを頼む。しかしやはり、ここに
も目ぼしい食べ物はなかった。ビールでお腹を膨らそうとしたの
だが、かえって空腹感を増長してしまった。そこで仕方なく、観
光客であふれているのが分かっていたが、遅ればせながら、その
シーフード・レストランに入った。魚料理やサラダ、お酒で、2
人で£17.4(2600円)。そんなに高くなかったのは幸いだっ
た。
 B&Bに帰ると9時だった。月が昇っている。海のほうは月の
光をも吸い込むような暗闇で、北斗七星やカシオペヤが光ってい
る。宿の前の道を少し海のほうへ歩き、目が慣れると、天の川が
きれいに見えた。降るような星空だ。いつまでも、遠くの波音を
聞きながら、夜空を眺めていたかったが、肌寒くなってきたので
引き返した。ここのB&Bは、バス・トイレは共用なので、部屋
から外に出て風呂に入らなければいけない。上がってから廊下を
歩くのが、少し寒かった。部屋では、明るいうちにスーパーで仕
入れておいた「パディー」(アイリッシュ・ウイスキー)を飲り
ながら、旅の感慨にひたった。「遥けくも来つるものかな……」
と。
 翌朝も快晴。結果的には、この旅行中、アラン諸島での2日間
だけが快晴で、あとは全部曇天だった(ニューグレンジ古墳とベ
ンビュルベンのそれぞれ一瞬を除く)。事前のイメージでは、ア
ラン諸島は寒く、暗く、まずしく、さびしい、という感じだった
が、全く予想と違った。でも、本当はわからない。華氏らがすご
く運がよかったのかもしれない。ひとたび海が荒れるとどうなの
か、といったことは、頭の中だけでは考えられるものではないか
ら……。朝食は10時。それまでに華氏らはまた、宿から港あた
りを散歩した。教会の写真などを撮る。11時にチェックアウト
して、土産などを物色。12時半、ついに華氏らを乗せた船はキ
ルナロンの港を離れ、本土を目指した。カーブを描く白い波の向
こう、島影がだんだん小さくなっていく。さようなら、アラン。
……あとの旅程は、すべて<帰路>になってしまうのである。

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