32.サングラスをもらう

 華氏らは、重い荷物をごろごろ転がして、アトランタ・ホテル
へと向かった。3時までにはチェックインしなさいと言われたの
だが、土曜日の宿を決めるのに手間どり、時間が過ぎてしまった
のだ。[i]を出て、エール・スクエアの南側を歩き、左折して
ウイリアムズゲート通りへ。人出が多く、ただでさえ狭い歩道が
歩きづらい。妻は、前を歩く華氏になかなか追い付かない。重い
スキーバッグが転がしにくいからだろうか、いやいや歩いている
ようだ。がんばれ。ショップ通り、メインガード通りと直進し、
コリブ川にかかるウイリアム・オブライエン橋を渡って、斜め左
のドミニック通りへ。[i]から10分ほどでアトランタ・ホテ
ルに到着した。2人分の料金£50(7500円)を前払いし、か
ぎをもらって案内された部屋は、階段を上がり、廊下をややこし
く曲がったところ。ともあれ、今日はいちおう荷物から解放され
た。
 まだ3時半。また街へ出る。とりあえずしなければいけないこ
とは、日曜日にダブリン空港からロンドンへ飛ぶ飛行機の席を確
保することだ。エール・スクエア近くのJ・ライアン・トラベル
で、午後3時40分発のアイルランド航空(エア・リンガス)の
ビジネスクラスが取れた。これで、土曜日の宿と合わせ、日本ま
での帰路がつながった。まずは安心。ホテルで、遅くなった昼食
がわりに少しクッキーはつまんだが、あとは散策で腹をへらして
夕食に備えよう。繁華街のクラフトショップで、セーターを買っ
た。妻は白のアラン・セーター。華氏はアイルランドのシンボル
カラーでもある緑色の、しかも三つ葉(シャムロック)のマーク
が入ったセーター。さらに、華氏の父と弟へのお土産に、アラン
諸島で馬車のおじさんたちがよくかぶっていたような帽子を選ん
だ。
 コリブ川沿いに出て、サーモンウイアー橋(サケの堰?)へ。
この国の中央部を流れるシャノン川もそうだが、上流にコリブ湖
があるコリブ川も、サケの上る川らしい。その河口に開けた町が
ゴルウェーで、いちばん海に近い漁村・クラダー地区は、2本の
手でハートを抱えたデザインが友愛を表す、と言われる指輪<ク
ラダー・リング>で有名だ。ゴルウェー大聖堂を見た華氏らが川
べりに座って休んでいると、見知らぬおじさんが1人、華氏らに
声をかけてきた。不審がりながらも、妻がカタコトで会話をして
いたが、おじさんは突然、「よし、あなたにこれをあげよう」と
言って、妻に自分がかけていたサングラスを渡した。いよいよ気
味が悪い。「サ、サ、サンキュー……」といってもらいはしたも
のの、お互いが立ち去るときに、妻は何度も後ろを振り返ってい
た。とりあえず一度、ホテルに戻ったほうがよさそうだ。

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