| 9.食べりゃぁいいんでしょ
いくら日が長いといっても、もう8時近い。それに、見知らぬ
大都会では、夜道はあまり歩きたくない。「手近なところにしと
こな」と言ってホテルを出た2人は、マイヨ広場の角にあるレス
トランに目がとまった。店先には新鮮なエビや貝が並んでいる。
「海鮮料理屋さんでもええ……わな」「そやね。フランス料理は
日本でも食べられるもんね」。意見の一致をみた。華氏が「ぼん
すわ」と声をかけたオッサンのギャルソンが、席に案内してくれ
た。……隣のテーブルは、日本人をまじえた6人のグループだっ
た。
メニューを指さし、「すすぃー」と白ワインを注文する。魚料
理、サラダ、スープ。華氏は、肉料理の中でもあっさりしたもの
を食べようとして、ステーク・タルタールを注文した。タルタル
ソースのかかったビーフステーキだと思ったのである。しかし。
出てきたものは、生のハンバーグ……??? 「これがタルタル
・ステーキかあ?」。……妻がボソッとつぶやいた。「そーゆー |
たら、タルタルって、英語で『韃靼(ダッタン)人の』っていう
意味やから……」。華氏はすべてを悟った。(そーか、そーか。
とにかく、このナマ肉を食わなあかん、ちゅうこっちゃな)。妻
にはひと口も奨めなかった。しかし、華氏は、何を食べてもお腹
をこわさない、という自信はあったので、ひとつも恐くはなかっ
た。
ワインを1本飲んで、2人たらふく食べて、353フラン50
サンチーム(7070円?)。歩いて1分のホテルに帰る前に、
翌朝乗るリムジンバスの乗り場を確かめた。駆け足で巡ったパリ
はこれでお別れ。ここまでは、フランス語圏ということで、華氏
が対外交渉を受け持ってきた。妻はここ半年、ラジオのフランス
語講座を聞いていたらしいが、それでも「5以上の数字はわから
ない」と言う。しかし、明日、アイルランドに着いてからは、妻
にバトンタッチだ。部屋で、衛星録画で流れていたNHKの7時
のニュースを見たあと、翌朝7時半までぐっすりと眠った。
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