15.若葉マークの運転者
今回、アイルランドを旅行先に選んだのは、妻がケルト文化に 興味をもっていたからだ。ケルトの特徴は、渦巻き模様、いろい ろな装飾のあるハイ・クロス(背の高い十字架)、石造りの尖塔 などが挙げられる。「ケルトは石の文化」と言う人さえいる。華 氏らが車でやってきたグレンダロッホ(Glendalough)は、修道 院跡で、石造りの廃墟のそばに、ハイ・クロスや尖塔が何本も立 っていた。グレンダロッホ(グレンは渓谷、ロッホは湖)という 名の通り、修道院跡の少し奥にはきれいな湖が2つあり、夏場は 泳ぎにくる人たちでにぎわうという。湖のほとりには、駐車場の ほかに、散策路も設けられていた。華氏らは、土産物屋で、例に よって大量のコースター、なべ敷きと、マフラーなどを買い込ん だ。 この日は(珍しく)日程に余裕があったので、華氏は妻に「い っぺん、運転してめェへんか?」と訊いた。「え? 私が? マ ジィ?」と言っていた妻だったが、ドアを開けた華氏は素早く助 手席に乗り込み、すました顔で発車を待った。仕方ないなあ…… という顔で、妻が運転動作を始めた。妻は免許を取って1か月余 り。国際免許は持っていなかったのだが、この国では日本の免許 でも運転するには差し支えないという。「ここを右。……もっと |
道の真ん中へ寄らんと。……スピード落として。……」。結局、 帰り道のうち10キロを妻が運転したところで、即席ナビゲータ ーの華氏はくたびれた。「なあ、ぼちぼち運転代わろか」「うん うん」「ほんなら、あそこで道の端に寄せて……」。助手席に戻 った妻はにっこりして言った。「自分で運転してるほうが楽でし ょ」。 N11を北上してダブリン市内へ帰った。ところが、市街地は 一方通行が多くて、なかなかホテルへ行き着けない。困った華氏 らは、方針を変更して、<どこか>へ行くことにした……ほんと に、どこでもよかったのだ。「今、どこなん?」。信号待ちの間 に妻が訊く。「このへん」と言って華氏が地図を指すと、「…… あっ、わかった。……そしたら、えーと、うん、セント・パトリ ック大聖堂に行こ!」。雨がしとしと降っていた。大聖堂の横の 裏道に車を止め、傘なしで入り口まで走った。中は物静かで、2 人とも1ポンドずつの寄金を置くと、日本人かどうか尋ねられ、 日本語の説明書をもらった。「歓迎 司祭長、および参事会より 皆様に歓迎の言葉を贈るとともに、あたたかい献金に対して、感 謝致します。」……ガリバー旅行記を書いたスウィフトの墓銘碑 やデスマスクのほか、いろいろな旗や真鍮像、ステンドグラスな どなど……。華氏らは敬虔な気持ちで1時間ほどを過ごした。 → 16「あこがれのパブへ」へ |